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深夢を破る地震  海岸は津波が襲う   宮古町海岸は倒壊家屋多く    釜石は波と火全滅?

三日午前二時半、人々の深い眠りを■ 起して凄い強烈な地震が岩手県地方一帯に巻き起こった。盛岡に於ては強震と同時に電燈は消え棚の物は落ち倒れ、建てつけの悪い家屋は戸障子が開かなくなる有様で時計の針なども勿論止まったが、実に物凄い音響で各戸では大騒ぎ悲鳴を挙げて街路に飛出し時ならぬ騒ぎを演じ、電燈の先が絶たれたので全市は暗黒化し自然の徹底的燈火管制が行われた有様だった。強震は止んで後も揺り返しが薄気味悪く間■的に襲来して来るの■強震の経験に乏しい市民はおちおちとして朝まで安眠を取ることが出来なかった。地震後盛岡署各交番、憲兵隊、消防組並びに一部の火の番は提灯を掲げて警戒に廻った。この地震は明治二十九年五月節句の三陸代海嘯、同年夏の和賀郡沢内村川舟の断層地震、明治三十三年八戸沖の大地震更に大正三年秋田県強首村地震、一昨六年三月九日八戸沖に次ぐ大地震で近年では六年三月の八戸沖地震を最大地震としていたがこのレコードを遥かに破る強震だった。

釜石第一報 津波は襲い  二ヶ所より発火   町民続々山へ避難す

(釜石電話)三日午前二時二十八分頃釜石地方は山鳴りを生じ大地震となり時経の振子は同刻止まり釜石鉱山電燈は停電通行人は足をさらわれ関東大地震を思わせる程大きかった就寝中のことなで着の身着の儘で家を飛び出した人が多く海嘯火災の突発をおそれ消防組、青年団が出動警察と協力非常警戒をなした海岸地帯の人々は地震と同時に山の手方面に避難した。同地老人の話によれば三陸海嘯を除き未だこれ程大きな地震は一度も感じたことがなかったと。

第二報

(二日午前三時五十分釜石支局電話)三時十分ころより津波が押寄せて町民は全く明治二十九年の海嘯と同様な結果となりはしないかと山へと避難している津波は大■川に六尺以上も増水するの有様で第一回二回三回と押寄せ人心恟々たるものである一方松原方面に発火しまた町内目貫の場所である沢村活動写真舘附近より発火し延焼中で附近には郵便局があり延焼がおそれられているが津波のため街路は水びたりとなり出火現場に駆け付ける事が出来ぬため詳細不明である。

海岸通り殆ど全滅

(遠野経由釜石電話三日午前五時二十分)釜石海岸通り家屋は殆んど倒壊、或は流失し只越、場所前、中町、東前の倒壊家屋は数百戸に及び交通は杜絶した水は大船渡町板沢旅舘前まで押寄せている。
(釜石電話)釜石町四時半の報告によれば水上警察署舎は全くなくなり死傷者出て浸水は一先ずひいたが海なりやまず津波がもう一度おしよせて来るではないかと見られ出火後火の手はやまず全く消火の見込がたたない。四時五十分大槌地方の被害は未だ判明しないが浸水は二尺に及んでいる。

水上署その他倒潰 宮古全町阿鼻叫喚

(三日午前四時四十分宮古電話)宮古三日午前二時三十一分三十秒発震位置東南東山田沖合強震時間六分午前四時半までに判明せる津波の被害。
△鍬ヶ崎方面海岸通り水上警察署塩谷商会亀井商店鳴海商店鍬ヶ崎漁業組合販売所篠田木材店加藤平三郎町議宅倒壊
△宮古方面川口染谷材木工場伊東倒潰及び築地通り一帯浸水
△藤原方面宮古橋半分落橋し状況不明
△多少の死傷者ある見込
宮古全町全く阿鼻叫喚の巷と化し町民老いも若きも右往左往している

下閉伊支庁 報告 (四時半宮古町下閉伊支■長報告)

発震と同時に停電し全町暗黒なり常安寺染谷木工所が倒壊し宮古橋はなくなってしまい浸水があったが極く少しで港に停泊中の発動■船は二三沈没し破壊されたもの多数に上る見込みで地震としては二十九年のそれよりは小さい模様である被害程度は判明しない。

列車乱れず

盛岡運輸事務所管内では運行中の列車はあったが
運■系統には何ら事故がなかった事務所では三時三十三分に時計が止まりそれと同時に停電したが電燈は間もなく復旧した。

盛岡測候所発表

△発震 三日午前二時三十一分二十九秒
△初期 微動継続時間(人体感覚)約一分四十秒
△総振動時間 約一時間
△最大震幅 二十一ミリ
△震度 強震(弱い方)
△震源地 宮古町東南東の遙か沖合海底

緯度観測所発表

(同上)水沢緯度観測所測候課発表
 一、発震時 三日午前二時三十一分四十秒
 一、初期微動継続時間 十六秒
 一、方面 東へ六度北
 一、震源地 釜石沖陸地に近く地点なり

盛岡では最大限  福井測候所長談

今度の地震は深海性の地震なので一度では収まらず局部余震は三四十回も起るでしょう然し人体に感ず査中である小被害で止まるものと思われます当所下の工場は六尺乃至八尺の波が寄せさらい払われました。

伊里前宮城(宮城)  全滅す

(五時二十分千厩署報告)宮城県志津川村伊里前部落では人家(戸数不明)全部流出し部落民は小学校に避難中で気仙郡広田湾内には小さな海嘯があったが被害はない模様である

緯度観測所  創立以来   稀有の地震

(水沢電話)三日午前二時半の地震は非常に強烈で水沢地方では皆戸外に飛び出し大騒ぎを演じた目下の処判明した被害は金ヶ崎町古■村■城村など燈電線が切断し一時暗黒と化した、水沢町の緯度観測所の地震宿の針がはずれてしまいかんじんの測定が不可能の状態となった同観測所測候課では語る
 古い地震はよく判らぬが当観測所が創立された明治三十五年以後一回もない位な大地震であった人体に感じたのは五分間位で強震弱程度だった

土蔵崩壊 市内の被害

市内四家七八人番地村井孝助方の土蔵の壁が崩壊した損害は約五十円尚孝助氏は安西三年八月十九日生れの高齢者である