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引取人のない死体  墓地には数百の新しい墓標   復興途上の田老村

(宮古電話)後二日で惨害後四十九日を迎える被害の最も甚だしいその後の田老村を訪う。
 津浪前まで総戸数八百二十八戸人口四千九百八十三人の内一家全滅は六十六戸、死亡、行方不明合して九百十一名(十八日現在)損害三 百萬円で役場所在部落田老、乙部は災害前五百一戸被害戸数は四百九十三戸、如何に惨害の甚だしかったか、これを以て知られるであろう。
罹災者は大部分自力で生活しているが、未だ二百三十家族は同胞愛の各位の恵みによって役場から物資を配給している現状で近く市街地建設の匡救土木事業と漁船の建造により実業を与え漸次■給を打切りたいと村当局で語っている。目下は約九戸の自力で建てたバラックと支庁で建てたバラックとに住んでいる商店も三、四軒開店したが商品はまだ揃わないことは勿論で山の中腹にもバラックが見えている。津波の恐怖はまだ去らず、若い者を残して、大部分は山に登って寝宿りしている者も相当ある。三十八年前の海嘯記念碑の前には四つ、五つの死体がある。これも引取人がないため埋葬が出来ぬためだそうだ。墓地には数百の新しい墓標が建っていた。三人五人と打連れて参詣する遺族の心中を察する時は涙なくしてみられない。
 此の町も二十一日は村会議員の改選で、候補者の立看板が二、三枚立っているやがては復興の計画が議せられるであろうが未だ橋梁もな く道路も狭く、砂路を歩くと同じで歩行困難の現状であるが、こんな災害に遭遇してもうまずたゆまず復興に邁進する有様をみてその努力に敬意を表して船に乗る(十八日金田生)

三陸海嘯 義捐金(四月十八日本社扱い)

大連岩手県人会 三十円藤■壽吉二十五円 高橋武夫 十円板垣徳四郎氏夫人 七円高橋源次郎 六円小泉正次郎 四円千葉良一郎 三円村木経夫 三円中村他人 三円熊谷末吉 三円伊保内芳太郎 三円佐藤建治 三円千葉馨 三円遠山教治 三円小山猛男 三円浦密成 三円安齋徳四郎 三円小野尚 三円工藤与四郎 五円原田耕一 三円柳田鉄太郎 三円赤林巖 三円小野寺文雄 二円山屋茂 二円田頭茂樹 二円佐藤萬作 二円佐藤鉄哉 二円重茂義雄 二円遠藤原四郎 二円鈴木弁之助 二円高橋一 二円立花知太郎 二円志村源蔵 二円高橋長八郎 二円中澤基一 二円角田慶吉 二円村上利治 二円千葉臨次郎 二円藤原由蔵 二円細川良久 二円高橋辰二 二円中井大八 二円山口保二円千葉繁雄 二円山口喜一郎 二円大澤米吉 二円千葉平次郎 二円小原七蔵 二円古澤次郎 二円秋山亀雄 二円渋谷清蔵 二円亀田栄三 二円千葉俊七 二円菊池良策 二円井上又治 二円堀町才太郎 二円田中政喜 二円高橋源吉 二円藤田三郎 二円川熊隼人 二円鈴木定次 二円若松喜八 二円須知康 一円五十銭武田卯右衛門 一円富岡英吉 一円多喜乃泉 一円阿部利惣右衛門 一円菅野第二 一円佐藤伸雄 一円相墨春夫 一円宮澤東三 一円熊谷清五郎 一円小川秀三 一円鈴木当男 一円佐々木忠男 一円本郷ハツ子 一円千田官平 一円菊池菊蔵 一円鶴野健三 一円大倉清 一円大山武 一円佐々木善七 一円西尾省三 一円阿部武夫 一円高橋一二 一円小野寺仁 一円吉田鉄五郎 一円内藤泰助 一円富澤■次郎 五十銭小田島宇蔵 五十銭千田萬二 五十銭大友重 五十銭千葉泰治 五十銭佐藤文吾 五十銭倉堀徳助
小計 金二百五十一円五十銭
累計 金三千七百五十四円八十一銭也
県扱い(十八日)
一千二百円仙台市麒麟麦酒会社工場職員 五円京都府東大浦村野原婦人会 三円同西大浦村下佐渡賀婦女会員五円大阪市石田尋常小学校職員 三千二十二円六七銭徳島県知事扱分 百七十円六五銭釜山府仙台婦人会会員 十三円世田米診療所々員 十五円徳島県市場町婦人会々員 五円同なると■田労働組合職員 五円五十銭里浦青年会々員 五十五円弘前新聞社扱分 一円三十一銭熊本県花房村第三区々民 五円群馬県鳥之郷村青年修養団々員 四百三十九円七八銭第八師団将士一同 一百円東京市■■総一郎
日計 五千四十五円九十一銭
累計四十四萬三千七百九十九円二十二銭