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●建築師の巡見

米國建築師伊藤爲吉氏は昨四
日縣廳に出頭淺田書記官に■■被害地方の家屋が
震災或は海嘯等に耐ゆるや否を調べ又建築に望み
ある者には説明を與へ或は其■に■すべきこと抔
物語りて本日出發被害地巡見する由

●義捐金

一昨三日迄に受付となりたる分縣廳
の調に據れば六万六千百七十九圓五拾九錢四厘な

●出張

警察部保安課長北田警部には雇玉山淺
太郎氏と昨四日終列車にて出發一ノ關に一泊氣仙
郡より東閉伊郡宮古迄被害地巡視の爲め出張又木
村縣屬にハ公用にて今五日上り列車にて一關へ出
張せり

●救難憲法を作る

氣仙郡唐丹村は役塲なく警
察なく郡役所なく殆んど無政府同様の塲合に當り
尋常一樣にては臨機の救難を爲し遂げ難き所より
同村の醫師鈴木琢治氏は其の慘牀を見兼ね、よし
よし我れ假りに數條の規定を設け是に從はざるも
のは我命を堵して是を決行せしめんと救難憲法七
章を作り此憲法に違反するものは銃殺すべしと決
す七章の救難憲法は左の如し
 一總て男子は各家に幾人ゐるを問はす悉く人夫
  に出づべき事
 一順番に依り婦人五人宛負傷者の看護に從事す
  可き事
 一人夫の内より五人を選み宿直せしめ非常に備
  ふる事
 一順番に毎日豆腐三十箇を製し負傷者に供す可
  き事
   但大豆ならば種子用大豆を用ゐる事
 一各戸より蒲團一枚宛を出し負傷者に供する事
 一疊も前項に同じ
 一人夫總數を左に
  内十二人ハ負傷病者の運搬に從事す可き事内
  五人は炊事其他雜役に從事す可き事其他は悉
  く屍体捜索及其所置を爲す事
右の命に違犯する者ハ直に銃殺す可き事

●巡査歸署

嘯害救助として北閉伊郡普代村へ
出張中なりし盛岡警察署詰長田巡査外一名は昨日
歸署

●奥羽聯合獣醫畜産會

同會は來月八, 九, 十の
三日間山形縣會議事堂に開く筈なるが東京よりは
藤波宮内省主馬頭藤田農務局長大蔵軍馬補充署長
■井農科大學長御傭■師ヤンソン等の諸氏出張の

由にて奥羽六縣よりも多數參會すれば非常の盛會
を見るならんと

●上田貞政氏の慘死

氏は盛岡の人明治二十一
年聘せられて氣仙郡小友尋常小學校訓導たり爾來
拮裾■勉教育の爲め盡力せられしに這般の大海嘯
に遭ひ令閨令嬢と共に激浪に捲き去られ無慘にも
溺死せり氏は啻に其職務を盡したるのみならす又
殖産の發達に意を注き大日本農會員となり又帝國
農家一致協會の同醫員となりて農民勸誘して斯道
の改良を促す雜誌書籍を購求して農民に貸與した
るなど得かたきの人にして村民の信用も厚く九年
の久しき一日の如く孜々勉勵せられしに惜幾奇災
の難に罹れり氏は又風雅の嗜あり雅号を仙洞庵一
水といふ近詠[惡い蚊乃たヽかれはせず兒の寝顔]
あり去月廿七日葬儀を同村華藏寺にて行ひ學校職
員及ひ盛音村吏等百數十名の會葬者ありて吊詞及
ひ發句を靈前に手向たるもの多しとぞ

●重て孤兒教育に付き

●慘聞一束

●大槌通信 (七月一日發)