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殉職警官へ弔慰金 各方面から集る

二階級進級をもつて報はれた震
災殉職の兩警察官の遺族に對す
る各方面からの同情は翕然とし
て集まり、とくに元木縣警察部
長の職にあつた
大阪府警務部長水野■夫氏か
ら金五十円と花環一對、茨城
縣知事今井久氏から金一封、
香川縣内政部長高島■■氏か
ら花環一對と金一封
などがぞく々々と寄せられ、そ
のほか松阪市東町山田榮吉、縣
会議員中村幸吉、津市金屋町中
谷義太郎、同丸之内本町門脇兼
太郎の各氏からも金一封が縣警
務課にとヾけらてゐる

九木浦の鰹漁業 連日豊漁つづく

紀北九木浦の二號■漁塲は敷設
以來好調をつヾけ連日きつね鰹
雜魚など二、三千貫の漁獲があ
り一網万尾の■本格的漁期の前
哨戰として幸先を飾つてゐるが
漁獲物のほとんどは尾鷲町をは
じめその他災害地に向け優先的
出荷を行ひ、罹災者の食膳に活
を入れる

震災中心地へ 志摩から甘藷

いも所の志摩
郡農業会支部から今回の津浪被
害地に同情して甘藷一万三千三
百二十貫の供出申出があつたの
で縣食糧課では
度会へ二千貫、南牟婁へ二千
貫、北牟婁へ九千三百三十貫
を割當てた、年内に被害地の各
町村農業会に向けて現物がとヾ
くはずである
松阪から陶器を
紀北地方へ寄贈
松阪陶器商業組合から紀北、度
会郡方面の罹災者見舞品として
汁碗四百個、飯茶碗百個、中皿
百個を二十四日市役所へ寄託し
たので市厚生課で近く現地へ發
送する

街 安政津浪の古記に
の よると〝津浪の後に
話 は賊心起り他人の物
題 など盗み合の淺間し
きこと云々〟とあるに■■今回
の災害に當り紀北地方では決戰
下治安の確保には特に注意を拂
ひ夜警なども嚴に行つてゐるの
で不心得な者も少く罹災者は鋭
意復興に邁進してゐる
一方大試煉に逞しく起ち上つ
た紀北の住民は百年後の對策を
立て家屋は高地を選んで建てる
ことになり罹災地の設營隊は早
くも決戰型住宅の建設譜を奏し
つゝあるが特に出征軍人遺家族
の住宅は優先的に進める方針で
ある

短 信

北 災害地に醫藥品 災
牟 禍の後の紀北沿岸地方
婁 民に風邪その他の病氣
を防ぐために縣から心づくしの
藥が贈られ近く感謝の配給が行
はれる

配 給 回 覧 板

疊表 縣では災害地住宅用
として一万枚の配給方を農商省
に申請中であるがいづれも年内
には入荷の見込みである、この
うち上敷、靑表など二千枚はす
でに現地へ發送濟で岡山縣から
九百六十枚、廣島縣から二千五
百枚は交渉が成立してをり間も
なく入荷
片栗粉 縣では災害地乳
幼兒のため度会、南牟婁の西部
へは各百貫づつ、北牟婁郡へは
二百貫を二十二日初送した

震災義捐金寄附者芳名 廿三日正午現在

三万円 東京都
一万円 縣地方木材株式会社
一千円、神戸市飯田耕三▼一千
円、志摩郡鳥羽町春岡淸吉▼一
千円、鈴鹿市河■木材生産会社
▼一千円、大日本婦人会縣支部
▼一千二百七十七円三十錢、福
岡縣平山鑛業所内天理敎いざひ
のきしん隊三重隊平山枝隊▼一
千円、山田日赤病院長浦上愛夫
▼一千円、河藝郡白塚村白塚干
魚加工組合
累計金
二十七万七千七百三円八十錢