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應徴戰士や女挺の 罹災者へ援護の手

今回の震災で流失による家屋喪
失あるひは全壞、半壞に遭つた
應徴士や女子挺身隊などの産業
戰士の家庭を援護するため縣國
民動勞動員援護会では各動員署
を通じて査定の上戰時災害調査
を本月中に完了し、罹災家庭へ
の見舞金や復舊資材の斡旋に務
め生産戰士に■■の憂ひを絶つ
て增強挺身の目的達成へ援護の
道をひらくこととなつた

津市民へ見舞金

津市では十五日震災對策委員会
および生必物資委員会を開き震
災罹災者に對する應急救助に關
し次のとほり決定した
【罹災者に對する慰問】死者に
對し弔慰金、家屋全壞、半壞
者に慰問金の交付、修理用資
材の配給は目下町内会で取纏
中の申告により津署と協議の
上應急修理を行ふ
【應急物資配給】家屋全壞者に
限定して実情に應じ調査の上
應急必需物資の配給を行ふ

暖い救援に 罹災者感激

長島署では今回の
震災による罹災者救援に万全を
期し「縣は最大の援助を致しま
す、これ位のことでへこたれず
一日も早く起ち上りませう」と
布告、矢つぎ早に必需物資の配
給を行つてゐるので罹災者は縣
の暖かい援護に感謝すると共に
落着いて逞しい復興譜を奏して
ゐる

流木にまつて 津 浪 か ら 生 還

北牟婁郡長島町東數男さん(三二)
は去る七日松ヶ崎海上に出漁中
地震につぐ津浪に遭遇し舟が顛
覆して海中に投出されたが幸運
にも流木にまることが出來た
ので流木と共に矢のような潮の
流れに乘つて漂流を續け海上平
穏となるのを待つて海岸に近づ
き無事生還したのであつた

鄕 土 短 信

鈴 震災義捐二件 白子
鹿 町■■勝三さんは罹災
市 地へ一千円、同市第二
■■靑年團は金百円を何れも■
■■と■■■へ寄託

四 震災に半島同胞の赤誠
日 協和会四日市支会は震
市 災翌日の八日逸早く班
ごとに復興協力隊を編成し逞し
い活動をつヾける傍ら一億同胞
愛に燃える■■的義捐金がぞく
ヾヾ醵出され十六日までに千九
百二十七円に達し半島同胞の美
しい心情を示してゐる

神 殉職職員慰靈祭 河
崎町山田食糧品配給■
都 ■組合職員■野任子さ
ん(二一)は過般殉職したので同組
合では十九日午前十時から梅光
寺で慰靈祭を執行する

伊 震災地へ衣料品
上野市民から震災地へ
賀 供與する衣料品各戸■
以上づつは隣組ごとに日■靑少
年團の奉仕で二十日までに取纏
めることにきめられた

震災義捐金寄附者芳名 十六日正午現在

二万円 大 阪 市 長
三千円 大阪新聞社、産業經濟
新聞社▼一千円 津市興亞工業
会社長平田竹松▼一千円 宇治
山田市野村顯三▼六十円 (三
人分)

累計
十二万五百七十六圓五十錢

震災義捐金募る

今回突如として縣下一帶を襲つた震災は各
地に相當な被害を生じ罹災者に對しては直
に同情に堪へないものがあります、これら
不幸な罹災者を救援するには巨額の經費を
要し公費のみでは援護の徹底を期すること
が出來ませんので下名ら發起人となり罹災
者救援の資金を左記により募集することに
なりました、希くは各位■保相扶の義心を
發揮され絶大なる御支援を懇願する次第で
あります
【要項】義捐金額は一千圓以
上を 御願ひ致したし ▼義捐
金は 縣軍事厚生課へ 送附せ
られたし ▼募集期限は 昭和
二十年一月末日 ▼義捐金の
處分は 發起人に 一任せられ
たし ▼義捐金は 伊勢新聞紙
上に その芳名を 登載して領
収禮に代へる
知 事 持 永 義 夫
縣 会 議 長 杉 本 英 一
縣市長会代表 堀 川 美 哉
縣町村長会長 森 俊 雄
翼賛会縣支部
事務局長 野 口 純 一
伊勢新聞社長 松 本 宗 重