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御 安 心 な さ い 救 助 に 復 興 に 最 大 の 努 力 を 強い决意の持永知事談

罹災者の救護と災害地の復興對策について持永知事は最大の努力を拂ひ積極果敢に
あたると九日つぎのとほり語つた
去る七日突如本縣を襲ひたる震災は縣下各地方に
及んで人畜家屋その他に相當の被害を及ぼしたる
は時局柄誠に殘念であり特に罹災者に對しては眞
にお氣の毒に堪へず、心から御同情申し上げる次
第である、併しながらわれゝゝ大日本國民は現在眞に死生の戰を
やつてゐる折からであるからこの位の災害に挫けることなく正に
よき天與の試煉なりと考へ前線將兵の勞苦を旨とし、また災害に
あたり來襲せる激浪に妻子の遭遇を顧りみず縣民の避難救護に挺
身中ついにその職に殉じたる警察官もあることを思ひ復興にあく
までも強く逞しく最大の努力を拂つて貰ひたい、なほ震災の復興
に就いては縣はもとより國として最善且つ強力な對策を樹て遺憾
なきを期しますから罹災者に於ても安心して復興に又生業に邁進
せられることを望む
縣農業會復興隊結成
早くも挺身隊罹災地に出動
縣農業会では九日午前九時から
各幹部出席のもとに震害復舊に
關する緊急打合会を開催、罹災
地における災害復舊に同会の全
組織を動員するための具體策を
決定するとともに馬岡会長を本
部長とする救援本部を設置し今
後におけるあらゆる問題を適宜
かつ急速に處理することとなつ
た、他方これと同時に大橋常務
中西総務局長ほか係員をもつて
組織する救急挺身隊を同日北牟
婁郡地方に派遣した、また同会
經營の尾鷲病院ほか五病院もそ
れぞれ罹災者の救護にあたり各
部面にわたり目ざましい活動を
開始してゐる

泗市の復舊進捗

四日市市の復興工作は市ならび
に警察署指導のもとに雄々しく
活動を開始した、緊急工作隊、
警防團は倒壞家屋の跡片付け、
道路障碍物の排除作業に挺身、
又在鄕軍人会員も之に協力する
一方市立圖書館に救護、團本部
を開設、負傷者の救護に當り工
塲では防護團の目ざましい活動
により大半は復舊した、勞報四
日市支部会員(日雇ひ)は道路
啓開挺身隊を編成、縣土木四日
市出張所工作隊に協力、また移
動救送車は引續き出動、災害復
舊を力強く呼びかけてゐる

志 摩 地 方

強震の災禍にも屈せず盛り上る
隣人愛を遺憾なく發揮しながら
各部落会、町内会でそれヾヾ罹
災者の救護に復舊につくし志摩
人の逞しい底力を示してゐるが
地方事務所では折柄麥蒔促進の
督勵と併行して高波瀬經濟課長
は六日以來一晩も歸宅せず、漁
業用資材の流出や、決戰食甘藷
の流出、その他被害者の應急對
策につき殆ど徹夜の有樣で敢闘
してゐる、又鳥羽町では八日夜
緊急町内会長会を開いて被害對
策を協議したが各自■しい隣組
精神を發揮して罹災者の救護に
つくし、有合せの資材を有効適
切に使用して復舊に努力を注い
でゐる

津 第 一 健 民 修 錬 所 に 億 與 隊 結 成

縣立津第一健民修錬所では七日
災害と同時に健民復興作業隊を
編成、■崎町南北町内会の被害
現塲に出動、木村、西岡、宮田
指導員の指揮のもとに家屋崩壞
道路整理など復興作業に挺身敢
闘を續けた

交換台を護る通信手 激震中に咲いた泗市の美談

◇…四日市署中村寛二郎巡査部
長は地震のため自分の家が全壞
し妻女よしゑさん(二九)長男忠君
(四つ)長女まつ子さん(■つ)らが下
敷となり生埋めとなつたとの報
せをうけたが歸宅せず工塲その
他生産陣復興に挺身、八日朝漸
く歸宅した、尚家族らは全部隣
保の人々に扶助された
◇…前川○○工塲長は地震と共
に行員の家庭訪問隊を結成し工
員の家庭の被害を調査して安心
せしめ生産増強を闘つた、これ
について工員林一郎君は私らの
家庭まで調査して貰ひこれで安
心して生産に敢闘出來ますと語
つてゐた
◇…大字四鄕の半島出身の人々
は八日朝氏神樣に參詣、復興に
挺身を誓ひ日より殘業を申し
出たが殘業の勞銀は全部献金す
る事を申し合せた
◇…濱田町三■陸上会社では災
害復興資金として八日金八千円
を市當局へ寄附した
◇…○○工塲通信手野口孝子(二
〇)富田一色、 川村文子(一九)ー川
越村、渡邊チヨ(二一)ー八鄕村の
三名は激震のなか交換台を離れ
ず各部との連絡に挺身敢闘した
◇…幸町南部町内会長川村達司
氏は七日夜省線四日市驛待合室
の長距離旅行者が食事が出來ぬ
のを見て大量の蒸藷を提供、旅
客に感激された
◇…北部警防團の廣瀬武男第二
分團長、多湖一美班長、丹生谷
定一第三分團長等は自宅の倒壞
をもかへりみず持塲を離れず敢
闘を續けた

神都の復興力 救護班吉津へ急行

宇治山田市では八日午後二時か
ら市会協議会を開き今回の災害
腹腔善後策につき協議の結果同
問題は市政協力会の土木防衞部
会に移して警察當局と協力し急
速に復興を進めることになつた
また宇治山田警察署員、警防團
は総動員で應急作業をなし八日
九日には大工、左官職からなる
山田勞務報國会員が出動して逞
しい復興への大いなる歩みを進
め隣接町村からも篤志で女子靑
年團などが應援に來てゐる、な
ほ山田市救護班は九日朝救急自
動車に分乘して被害の多かつた
度会郡吉津村へ急行し救護に万
全を期した
松阪市 松阪署では今次
の震災罹災者救援の指示に基き
西村署長陣頭指揮下に夜具(ふ
とん)の供出を八日午後市内有
志に要望した結果僅か二時間の
うちに夜具六百枚集荷したので
松阪陸運会社の協力で同夜七時
紀勢線相可口驛發列車で度会郡
吉津村方面へ發送したが非常時
に斯くも敏な精神的救援動作に
西村署長は市民に感謝してゐる

紀北の罹災者靜穏

隣人愛の衣類や食糧とヾく
共に手を握つて建設に立つ
七日午後二時紀北地方を襲つた
津浪による沿岸町村の罹災者は
何れも國民學校、寺院、公会堂
などに避難し何ら動揺する事な
く駈けつけた應援の警防團、■
壯、靑少年團、各種■■員とと
もに協力逞しく一路復興へ起ち
あがつた、一方被害町村當局で
は八日朝いづれも緊急町村会を
開いて罹災者の救護、食糧配給
その他縁故、疎開の出來ぬもの
に對する落ちつきさきの斡旋に
つとめ万全の措置を講じてゐる
、特に被害の多かつた尾鷲、錦
兩町民に對する救援は尾鷲、長
島兩署指揮のもとに續々繰出す
山の手隣接町村よりの應援隊に
より夜具、衣類その他心盡くし
の食料品がとどけられ相共に■
しい協力建設の歩を進めてゐる

津浪だ逃げろと叫び

堀江巡査(木ノ本署)殉職、妻子も犠牲
田中巡査の父も書類を背負つて
木本警察署新鹿村駐在巡査堀江
武雄氏(四八)は去る七日午後強震
とともに激浪が襲ひ來たので直
に村内を駈け廻り身の危險も顧
みず避難々々と叫びつゝ村民を
安全地帶に殆ど避難させたが、
遂に同巡査は最後に押しよせた
大津浪に浚はれて殉職した、一
方駐在所にあつた夫人きくのさ
ん(三八)長女喜代子さん(八つ)次男
孝志君(一四)の三名も重要書類の
整理に避難がおくれ激浪に浚は
れて死亡、四男幸雄チャン(四つ)
は奇しくも海上を漂流中救助さ
れた
堀江巡査は飯南郡花岡町出身
大正十五年三重縣巡査拜命、
津、渡切、三瀬谷各署を經て
本年三月木本署に轉じ在職十
八年六月、職務に勉勵、■性
高潔、特に責任感強く模範警
察官であつた
また同木本署輪内村駐在田中道
司巡査の養父田中春松氏(五八)は
去る七日たまゝゝ同巡査宅に泊
つてゐる中激浪が襲ひ來たので
田中巡査は直に村民避難指揮の
ため出動したので父春松氏は家
財道具一切には目もくれずまづ
警察の重要書類のみ■リユクザ
ツクに入れて安全な塲所に待避
すべく表に出た瞬間激浪が襲ひ
遂に書類を背に遭難した

天の試煉に逞しい體驗

空襲に備へて 良かつた
惡かつた 聲の一、二
空襲にこの備へあり、日ごろ誇
る防空陣に天は強震の試煉を縣
民に與へた大自然の猛威に挑ん
で縣民は■つた、家を倒された
者、また流された者、父を子を
失つたものなど■■■■々は■
りなされたが縣民の一人一人は
敢然とその持塲を守りつヾけ今
や復興へと逞しく立ち上つたの
である、自然の猛威の中にかく
■ひつヾけたそのうち〝あれで
良かつた〟〝あれは惡かつた〟
と■ひのあと■反省して今後の
空襲の對策に資すべく■報道班
員は北勢に出動したの■■とし
て四日市富田町において警察官
警防團、隣保班長、罹災者など
膝を交へて忌憚のない聲を聽い
た以下その良かつた、惡かつた
の一、二である
△こんどの■■から今後改善す
べき點は
△非常食の共同炊事塲を設置す
る必要がある
△隣組に自轉車の傳■班を編成
せねばならぬ、隣組と指導機
關との連絡が不円滑であつた
△老人、子供を避難させる案内
役が隣組に必要である
△隣組の團結力をもつと強化す
る必要がある
△鉄道、電車に代る自動車の輸
送■■を設置せねばならぬ、
また輸送は陸上のみでなく海
上輸送の活用を考へねばなら
ぬ、特に産業■■用の輸送機
關を急速に備へねばならぬ
◇日頃の防空訓練のどの點が役
立つたか
△敵機の空襲に備へて日頃の設
■があり地震の被害を最小限
度に■ひとめた
△隣組には、水槽や防■が大い
に役立つた
△警防團の出動が■■■あつた
特にデマを防止するため街頭
に被害■■■報道したことは
人々に安心感を與へた
△工塲の■■の水■■防砂■■
が少なく何んの役にも立たな
かつた
△隣組の防衞班長が強震と同時
に火災發生防止のため各家庭
の火鉢を屋外に集めた非常措
置は平素の隣組訓練が大いに
役立つた
△四日市警察署が開設した罹災
者相談所は効果があつた

流されて行くわが家を 眺めつゝ監視の重責を

この■害の中にあつてわが家を
捨て監視につく防空監視員の佳
話がある、尾鷲町岡田正照、岡
義雄、桑原淸夫の三君はわが家
が津浪に流失するを眼の邊りに
見ながらも敢然として國土防衞
の眼鏡をはなさず交代時間が來
て始めて立■台を下りた