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電報・大海嘯被害 十七日 仙臺特發

大海嘯取調濟の分左の如し

本吉郡大谷村 家屋流失 九十戸
       死亡者 四百人

同郡 階上村 家屋流失 三百戸
       死亡者四百人
       負傷者百人

同郡 小泉村 死亡者 千四百五十人

同郡 歌津村 家屋流失六百戸(皆無となる)
       死亡者六百人
       負傷二百五十人

桃生郡 雄勝濱 家屋流失四十戸
        死亡者三十一人
        負傷者五人

右雄勝濱死亡者の内宮城集治監出張所監守八人
囚徒七人あり其他ハ取調中あり

電報・武藏艦と地震 十七日 根室特發

武藏艦千島巡航の爲昨日入港せり
昨今頻に弱震あり先年の大震を想起し一般に不
安の思を爲し居れり

雜報・大海嘯電報 十六日 宮城縣知事發

縣内東海岸一體昨日午後八時海嘯あり家屋の流
失人畜の死傷尠からず本吉郡志津川館家屋七十
餘流失(匹七十餘人の死傷あり其他取調中小官警
部長ハ只今より出張す

十六日 午後五時三十分 宮城縣知事發

縣下海嘯のとい過刻報告に及びたるが其後被害
の概況ハ本吉郡志津川(匹階上(匹大谷(匹歌津四ヶ
村にて死傷凡そ千三百人潰家五百六
十餘(匹牡鹿郡女川村鷲の^U區にて溺死一人(匹
潰家三十餘(匹桃生郡十五濱村雄勝にて潰家三十
死傷多數あり其他取調中

十六日 午後六時四十分 巌手縣知事發

昨日午後八時三十分より南九戸郡久慈港に地震
海嘯あり家屋百餘流失人畜死傷尠
からず又南閉伊郡大槌にても家屋百數
十戸流失溺死數十人ありと
の報ありと委細取調中

十六日 午後九時四十分 青森縣知事發

昨夜八時海嘯にて三戸郡湊村大字湊(匹白銀民
家流失四(匹破壞八(匹學校一(匹死人三(匹生死不明
二船舶キヨトウ(橋梁か)の流失破損數多あり上
北郡海岸にも被害ある由取調中

十六日 午後十時 宮城縣志津川發

當志津川附近沿海岸にて海嘯の爲め死傷二千餘
名家屋の流失破壞七百に下らず尚取調中

十六日 午前十一時廿五分 北海道廳發

昨十五日午後日高の國幌泉村沿海に海嘯起り被害
あり又同日午後十一時十勝の國茂寄村にも海嘯あ
りとの報あり

十七日 午前七時四十五分 宮城縣知事發

海嘯原因ハ海中の地震にて其中心ハ志津川沖に
あるが如し被害區域ハ牡鹿郡女川灣より本吉郡
唐桑村迄とす本吉郡のみにて今迄分りたる死
者千九百餘(匹流失六百餘
軒あり其他ハ未詳なり田畑作物養蚕の損害多

十七日 午前八時五十分 巌手縣知事發

十五日午後八時三十分前後大海嘯の爲め氣仙郡
盛町死傷二千餘(匹南閉伊郡釜石町山手を殘すのみ
全町殘らず流亡(匹大槌町ハ幾部を殘すのみ其近傍
大概流失(匹東閉伊郡山田町及び鍬ヶ崎町(宮古)
等にも同く流亡死傷夥だだし(匹南九戸郡久慈港
も百餘戸流失人畜死傷尠からず電信孰れも不通
只今迄の報知によれバ沿海ハ殘らず
大害を被りたるものと思料す夫々救護及び取調
の爲め吏員派出中なり不取敢具申す

十七日 午前十時三分 青森縣知事發

一昨夜の大波にて三戸郡市川村階上村(匹上北郡
百石村三澤村も害を受け家屋船舶夥多流失死人
數十名あり

十六日 釜石鑛山持主田中氏出張員 遠野發

昨夜午後八時大海嘯あり釜石町殘らず流れ死
亡人八分通り桟橋所員(三四名)死す
鑛山ハ無事なり米穀に差支あり至急白米三百石
風帆船にて送れ鈴子(地名)ハぶじなり

十七日 午前七時 青森郵便電信局發

區内太平洋沿岸海嘯被害の件昨日報告せし以來
未だ各地電信不通にて状況判明せざるも被害実
に甚しき模様あり久慈ハ局を去る一里許りの
湊村七八十戸の處全部流失し電柱
三十本流失に付臨機電信機を夏井村に設置し辛
うじて通信を爲せり當局ハ昨日來局員を派遣し
尚本日も引續き被害地と推測する海岸各地に派
遣す其派遣人員ハ都合十一名なり

十七日午前二時二十分青森郵便電信局發

釜石町ハ字臺村と澤村の内山手を殘すのみ警察
署郵便局を始め全市流亡し死傷者數へ難し役塲
學校ハ無事(匹大槌町も流失家屋百數十戸溺死數
十人(匹盛町ハ沿海ハ家屋皆流失死傷數知れず

十七日午前八時廿五分青森郵便電信局發

山田町家屋流失死傷夥しとの報あり

十七日午前十一時十五分宮城縣知事發

海嘯被害中桃生郡十五濱村進勝濱流失家屋四十
餘戸死亡者三十一名内集治監出張看守八名囚
徒七名外に重傷者あり

十七日午後二時十五分青森郵便電信局發

小白浜ハ嘯害の爲め局舎流失局員總て死亡し山
田局ハ全く潰れたる趣なり

十七日 午前十一時五分 青森郵便電信局發

宮古町ハ數十戸流れたるも柱函ハ流れず(匹鍬ヶ
崎下町ハ殘らず流れ死人も數多ある由

雜報・仙臺特報(十六日發)

既に電報せるが如く昨十五日午後七時半頃より今朝
へ掛け本縣東海岸へ大海嘯襲ひ來り本吉牡鹿桃生
の三郡沿海其被害甚しく就中本吉郡ハ非常なる慘
害にて志津川(匹階上(匹大谷(匹歌津(匹戸倉の五ヶ村のみ
にても死傷者二千餘名(匹流失及潰家七百餘戸の概
算に達し其他唐桑(匹小原木(匹十三濱等の如きも定し
夥多の被害あるべきも未だ調査行届かず又桃生郡
雄勝濱(宮城集治監出役所のある地)ハ潰家三十戸
死者多數(匹牡鹿郡鷲の^U濱ハ溺死一人(匹潰家三十餘
戸との急報に接したるを以て取敢えず河村參事官
ハ屬官數名と共に急行出張し續て勝間田知事川路
警部長小泉技師其他警部縣屬等も同夜出張し且つ
救護の爲め縣内各警察署より警部巡査數十名を派
遣せしめたるが日本赤十字社宮城支部にてハ負傷
人民救護として事務員二名(匹醫員二名(匹看護婦七
名を派出したり尚石巻測候所の報告に依れバ昨日
午後七時ごろ牡鹿郡女川村の内鷲の^Uの沖合海中
に大地震起りて大砲の如き音響を聞きしハ海底の
地層陥落せる結果海水激騰して大海嘯となりしも
のならんと尤も該音響ハ遠く仙臺市にも聞え續て
微震を感じ尚今朝まで十二三回の振動ありたるも
全く之が爲めなりしならん

雜報・宮城集治監雄勝出役所の海嘯

 十五日午後六
時頃より海上浪荒く怒濤逆立して雲霧愈々密やか
に咫尺を辨ず可らざる折柄七時半過に至りて大津
浪咆哮して襲ひ來りぬスワこそ大事なれと所長中
村看守長看守其他小使等三十餘名を督して先づ監
房を開放し又看守合宿所を開き臨機處分を以て終
身流刑徒刑の重罪囚人を百九十餘名を後方青地に集
合せしむる間もなく山なす海嘯逆巻き來り合宿所
及び近傍の棚並に附近小家屋を怒濤に包みて流し
去れり囚徒ハ大抵無事なれど茲に無殘なるハ合宿
所の婦人及看守小使等に生死不明のもの數多あり
(看守長看守三十餘名あり)云々」右郵報に接する
と同時に左の電報あり
雄勝大海嘯の爲め出役所の流失ハ合宿所一棟病
監一棟工作塲倉庫各一棟流失(匹事務所監房破壞
看守八名囚徒七名生死不明内看守一名囚徒二名
ハ死体發見せり外囚徒ハ寺院へ避難無事平穩一
時本監に引揚の見込

雜報・被害區域と人口概數

 安政以來の大海嘯南ハ
磐城灘より北ハ北海道襟裳崎の先までに及びぬ其
延長本土のみにても百里に剰れり亦大ならずや而
して被害の最も甚しきハ宮城縣にて本吉郡(匹巖手
縣にて盛(匹釜石(匹大槌(匹山田(匹宮古等なりとす試みに
宣なる町村の人口の概數を掲ぐれバ左の如し

女川 四千 氣船沼 六千 本吉五千

盛 二千 釜石 六千 大槌 七千

宮古 六千 鍬ヶ崎 四千 山田 四千 久慈 四千 湊 五千

全町村殆ど擧げて亡失したるものあり死亡の總
數昨日迄に分りたる所にて已に一万以上となれり
亦慘ならずや猶電信線の不通となりたるハ左の如
し是を以て之を見るも亦其被害區域の広大なるを
知らん
志津川盛間 十七里二十一丁三十二間
釜石宮古間 十三里十七町五十六間
久慈八戸間 十三里四十間
 合 計  四十四里四丁八間

雜報・海嘯の歴史

 其筋に於け最近の記録に依り調
査したる所なりといふを聞くに海嘯ハ地震に比し
て古來甚だ多からず今記録に殘るものを摘載すれ
バ享保十一年二月廿九日越前國勝山に於て大津浪
あり人家陥落死傷無數泥水湧出せり次に天保六年
六月廿五日仙臺土地震ひ居城大破大津浪にて民家
數百軒流失し死人數知れず次に安政元年十一月四
日五日駿河(匹遠江(匹三河(匹伊賀(匹勢伊(匹攝津(匹播磨及四
國大地震土佐最も甚だし此震災の爲め伊豆國下田
港も悉く破壞す常時露國の軍艦ヂヤナ号ハ該港に
在り退潮の爲めに四十二度漂ひし後遂に破砕せり
是亦一種の津浪なりしならん其後明治年間に於て
ハ十八年に廣島地方に二十五年に名古屋地方に在
りしのみにて何れも甚しき災害ハなかりしなり

雜報・海嘯の原因   

巨智部博士ハ語り手曰く
我國に於て海嘯の歴史を按ずるに天武天皇十二年
十月十四日(紀元千三百四十四年)土佐の國に海嘯
起りしを     (入力→国在り)
始めとして雨來屡々此の事あり宝永四年十月四日
にも亦大海嘯あり降つて安政元年大地震の際亦海
嘯あり近年に於てハ明治十七年(二千五百四十四
年)備中の國玉島及笠岡に海嘯あり人畜多く死せ
り今回の海嘯ハ實に明治十七年以來の海嘯にして
其被害の大なる亦安政以來の海嘯たり安政の海嘯
ハ數日を繼過て遠く米國の沿岸に及ぼせし事あれ
バ今回の海嘯も其原因何れにありしか測定し難き
が如きも今回の海嘯の原因ハ尤も著明にして直に
其原因を斷定し得るなり元來地質上地質學者が
地震に付尤も注意せるハ我國奥州東海岸沖即ち海
岸を隔つる廿里より六十里内外の處にトスカロラ
ある事是なり(挿圖三看)此トスカロラハ石巻沿岸
より釜石宮古に沿ふて千島択捉沿岸迄に廣さ凡百
里長凡三百里の凹所ありて其深ハ三千尋より四千
六百五十五尋(我二里五丁餘)に至れり此トスカロ
ラの急斜地層ハ尚石垣の如き者なれバ此地層が地
辷を以て崩落し終に一大海嘯を起したるに相違な
し此トスカロラ崩落せしを以て海嘯起りたる沿岸
より各地に地震を引き起したるなり其原因安政地
震が遠く米國に波及せし如く遠隔の地にありとせ
バ海嘯被害地方數十回の地震起る理なしトスカロ
ラ崩落ハフォスター氏がコリンツ地震の説明によ
りて例証する事を得るなりフォスター氏ハコリン
ツ地震を説明して曰く昔時コリンツに地震ある毎
に海水濁りしかバ當初ハ地震の爲めコリンツ河の
濁りて海に注ぎしならんと推測せしも其濁り方甚
だしきを以て他に原因ありしならんと種々研究す
る所ありしも其原因を確むる能はざりしが海底電
線を布設するに至り地震の度毎に不通となりしか
バ潜水機を以て之を探りしに地震の度毎に雜岩石崩
れ電線の上に落ちありしかバ之を調査せしにコリ
ンツ海岸の地層崩るヽ事地震の原因たるを發見せ
り是れ恰もトスカロラの地層崩壞して墜落せしと
同一の理なり云々と

雜報・海嘯奏上

   松岡内務次官ハ不取敢海嘯
被害の概況を宮内省に報告し宮内大臣より奏上に
及びたれバ實地視察として侍從を差遣せらるヽ由

雜報・官吏の出張

 今回の大海嘯の報内務省に達
するや松岡次官始め各局長ハ昨日午前十時頃よ
り急に会議を開き被害取調等の件に就き密議の末
取敢ず内務書記官久米金彌氏外屬官二名を實地取
調の爲め派遣する事に決定し三氏ハ昨日の終列車
若くハ今朝の一番列車にて出發被害地に向ふ筈な
りし又逓信省にてハ一昨夜池田通信事務官及び屬
官二名を海嘯地方に派遣せり

雜報・海嘯と汽船

 大海嘯に際して其方面に在りし
汽船ハ郵便會社の旅順丸のみ而かも同船ハ十六日
午後六時無事荻の濱を發し昨日午後横濱へ入港の
旨同社へ電報ありたる由此旅順丸ハ函館より航行
し來れるものにて北垣拓殖務次官も之に乘込み居
れりと

雜報・海嘯と汽車

 海岸に近き鉄道ハ日本鐡道會社
の支線尻内湊間のみ小破損ありたるも直に修繕を
加へ運轉差支なしと