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〇三陸津浪取調

三陸津浪ニ關スル取調報告ヲ囑託員理學士今村明恒ヨリ提出候ニ付進達致候也

明治三十一年十一月

  委員 理學博士 大森房吉

震災豫防調査會長理學博士菊池大麓殿

三陸津浪取調報告 嘱託員理學士 今村明恒

目次
第一章 緒論
第二章 海ノ深サ波幅及ビ傳播速度ノ關係
第三章 洋底一大部ノ沈降或ハ隆起ハ其性質緩慢ナルモ洪浪ヲ起シ得ベキ理由
第四章 海ノ深サト傳播ノ方向
第五章 三陸津浪
第六章 結論
圖版 自記験潮儀記録及ビ三陸津浪傳播圖

第一章 緒言

古來洋ノ東西ニ於テ津浪ノ汎濫セシコト少シトセズ從テ其惨状ヲ報ゼル記録ハ往々アリト雖ドモ之ヲ科學的ニ研究セシモノハ至テ少ク予ノ知ル處ニ依レバ只僅ニ往年クラカトア島破裂ニ際シホワルトンカ英國王立學會ヘ提出セシ報告ガイニッツノイキク地震及ビ津浪及ビ伊木氏ノ三陸律浪ノ報文等アルノミ
予此種ノ報告ニ就テ少シク得ル所アリ今三陸大津浪ノ報告補遺及ビ同地方小津浪ノ報告トシテ此編ヲ草セリ支那ニ於テ海嘯ト称スルモノハ氣象其原因タルモノノ如キヲ以テ予ハ之ニ論及セズ蓋シ予ガ所謂津浪ハ其原因ヲ地殼ニ有シ波幅極テ大ニシテ沖合ニ於テハ之ヲ認メ難ク只海岸ニ於テ之ヲ認メ得べキモノヲ謂フ故ニ Oceanic waves, seismic sea waves ノ如キハ予ガ所謂津浪ノ中ニ含有セラルヘシ
津波ハ単一波ナリヤ又ハ週期波ナリヤノ問題ハ推理ヲ以テ決定シ得ベキコトニアラザルベシ然レドモ特ニ此点ニ注意セル記録ハ未ダ曾テ単一波ヲ報セズ而シテ週期波ニ就テハ十数ノ記録アリ左ノ如シ
西暦一千八十八年五月十三日(寛治二年四月十四日)宮古ノ邊ニ於テ午後八時比ヨリ翌朝マデニ九回ノ地震アリ大浪ハ午前一時マテニ三回來襲セリト云フ故ニ波ノ週期ハ一時間以上ノモノナリシナルベシ
一千七百三年十二月三十日(元禄十六年十一月二十二日)相模武藏地震ノ海岸一帯津浪ノ害ヲ受ケ大磯ニ於テハ大浪四回來襲セリ
一千七百七年十月廿九日(寳永四年十月五日)四國及ビ東海ニ於テ地震及ビ津浪ヲ起シ土佐ニ於テハ午前二時ニ於テ激烈ノ地震ヲ感ジ凡ソ一時間ヲ経テ第一ノ大浪來襲シ午後四時比マデニ前後十一回ノ洪浪アリテ最大ナルハ第三波ナリキ依テ週期ハ凡ソ一時間位ナリシナルベシ
一千八百十九年五月布哇ニ津浪アリ海水ノ干満十三回ニ及ヘリ
一千八百三十七年十一月七日布哇ニ於テ高サ七尺週期廿八分ノ浪アリキ
一千八百四十一年五月十七日ニモ同様ノ現象アリキ
一千八百五十四年十二月二十三日(安政元年十一月四日)午前九時十五分下田ニ強震起リ十時ニ三十尺ノ洪浪襲ヒ來リ其週期ハ桑港ニ於テ三十五分サンヂエゴーニ於テ三十一分ナリキ(験潮儀記録アリ)
一千八百五十六年三月二日ヨークシアニ於テ二十分ノ週期ヲ有スル海水ノ昇降アリキ
一千七百六十一年七月十七日ニモ該所ニハ海水ニ同様ノ干満アリシト云フ
一千八百六十四年九月十六日エクスホルド郡キルモアニ於テ二時間半ノ間ニ七回ノ海水ノ昇降アリキ即四十三分ノ週期ナリ
一千七百五十五年リスボン地震ノトキニモ該所ニハ同様ノ現象アリリスボンニテハ地震後一時間ニシテ高サ三十尺乃至六十尺ノ洪浪來襲セリト云フ
一千八百六十八年南米ニ起リシ津浪ハ箱舘ニ於テハ其週期十分ナリキ
一千八百七十七年五月九日南米イキクニ起リシ津浪ハイキクニ於テ地震後三十分ニ來襲シ桑港及ビ其他ノ験潮儀ニ於テ二十分余ノ週期ヲ示セリ(験潮儀記録アリ)
一千八百八十一年十二月三十日印度沿岸ニ於テ二時間ニ七回ノ海水ノ昇降アリキ即廿三分ノ週期ナリ(験潮儀記録アリ)
一千八百八十三年クラカトア火山島大破裂ノ際起リシ津浪ハ其近海及ビ遠方ノ験潮儀ニ依リ二時間ノ週期ヲ示セリ(験潮儀記録アリ)
一千八百九十三年(明治二十六年)六月四日午前二時二十七分千島根室ニ強震アリ千島蘂取ニ於テハ震後二十分ニシテ海ハ五尺許増水シ十分時ニシテ退潮ヲ始メ午前九時マデニ著キ浪五回アリキ蓋其週期ハ二三十分ノモノナリシナルベシ
一千八百九十四年(明治二十七年)三月廿二日根室地震ヨリ二三十分ヲ経テ其沿岸ニ起レル小津浪ハ干満ノ回数十数ニ及ビ二十分乃至三十分ノ週期ヲ有セリ
 一千八百九十六年(明治二十九年)六月十五日三陸津浪ノ週期ハ宮古測候所ノ報告及ビ三崎験潮儀ニ依リ十五六分ナリシコトヲ知ル(験潮儀記録アリ)
 一千八百九十七年(明治三十年)八月五日同地方ノ小津浪ハ其週期粗ゝ前者ニ同シ
殊ニ南米智利ノ沿岸ニ屡起ル津浪ハ其週期通常十分ヨリ三十分ノ間ニアリト云ヘリ依テ是等ノ記録ニ就テ見ルニ津浪ノ週期ハ十分ヨリ小ナルモノナク大ナルモノハクラカトアノ場合ノ如ク二時間ニ至ルモノアリ波ノ高サニ至テハ同一ノ津浪ニ於テモ観測点ノ位置ニ依リ差違アリ而シテ記録ニ於テ最大ナルハ一千七百三十七年十月六日ルパッカノ海岸ヲ襲ヒシモノニシテ浪ノ高サハ二百十尺ニ達セリト云フ又三陸大津浪ニ於テハ吉濱ニ於ケル八十尺ヲ最大ナリトス然レモ波ノ高サヲ測ルニハ特ニ沿岸ノ地貌海底ノ深淺ニ注意スルヲ要ス尚此事ニ關シテハ後章ニ論スベシ
今津浪ヲ週期波トシ第一ニ進ミ來ルハ波ノ山ナルカ又ハ谷ナルカノ問題ヲ決定センニハ須ラク注意セル観測者カ又ハ験潮儀ニ依頼スベシ津浪ノ起ル前ニ異常アリテ海水ノ遠ク退キシハ屡漁夫ノ認ムル所ナリ一千八百六十八年セントトーマス津浪一千七百二十七年カラオ津浪一千六百七十八年サンタ津浪一千六百九十年ピスコ津浪ハ皆浪ノ來ル前ニ海水ノ退キシコトヲ報セリ験潮儀ニ依ルニクラカトアノ場合ニ於テ第一波ハ正波ナレドモ其他ノ場合ハ通常負波ヲ以テ始マレリ一千七百三年土佐大津浪ノ時ハ前日來潮ノ干満不定ニシテ一日ノ中四五度ノ昇降アリ斯ノ如ク津浪來襲前海水干退スル等ノ異常ハ實ニ災害ヲ豫知スル材料トナスニ足ル可シ又最大ノ波ニ就テハ必シモ第一波ノ特有ニ非ス三陸大津浪ニ於ケルガ如ク第二波ノ最大ナルコトアリ又他ノ場合ニ於テハ第三波ノ最大ナルコトモアリキ尚験潮儀ノ記録ヲ参照スベシ
傳播ノ区域ハ主トシテ動源ニ關係スベシト雖ドモ海ノ深サニモ亦關係ヲ有セリ下田及ビ三陸ノ津浪ハ米國ノ西海岸ニ達シ南米ニ起リシ津浪ハ箱舘ニ於テ之ヲ感セリ又クラカトアノ津浪ハ西ハ亜米利加ノ東海岸ヨリ歐羅巴ノ沿岸ニ波及シタリト雖ドモ東ハ南洋ノ淺海ニ於テ忽チ減殺セラレ太平洋ノ沿岸ニ於テハ跡ヲ絶ツニ至レリ然レドモ其小ナルモノハ三陸小津浪ノ如ク僅ニ一地方ノ海岸ヲ浸潤スルニ止レリ
大津浪ノ場合ニ於テ傳播ノ区域ハ前ニ述ベタルカ如ク實ニ莫大ニシテ此巨浪怒濤ノ爲ニ沿岸ノ市邑ノ害ヲ蒙ルコト夥シト雖ドモ陸地ヲ遠ク隔ツル海上ニ於テハ却テ平和ニシテ毫モ津浪ノ影響ヲ受ケザルコト皆然リ三睦津浪ノ場合ニハ一里ノ沖合ニアリシ漁舟ハ全ク斯ル災害ノ陸地ニ起リシヲ知ラザリシト云フ
然レドモ航海者ハ往々海震(Sea-quake)トモ称スベキモノニ遭遇スルコトアリ即波浪ニハ別ニ異常ヲ認メサルモ船ハ突然激動ヲ蒙リ坐礁ノ感覚ヲ起シ器物ヲ転倒シ若ハ綱ヲ断チホバシラヲ折リ甚シキニ至テハ破船スルニ至ルコトアリ是レ地ノ震動ヨリ起ル水ノ弾性波ナルヘシルードルフハ地球ノ各海洋ニ起レル此種ノ異変ノ記録ヲ集メシニ殆四百件ヲ得タリ此中津浪ト相伴ヘルハ僅ニ一千七百五十五年リスボン大震及ヒ一千八百八十一年ノ印度津浪ノ場合ノミナリシカ如シ
津浪ハ地震又ハ海底火山ト如何ナル關係ヲ有スルヤ明ナラスト雖トモ数多ノ津浪ノ記録ヲ見ルニ其地震ト相伴フ場合ハ地震アリテ後暫時ニシテ津浪ノ來襲スルヲ通常トス然レトモ稀ニハ地震ノ起ル前又ハ地震後数十時ニシテ始メテ津浪ノ來リシコトアリ即一千八百五十二年スミルナ津浪及ヒ一千八百六十八年セントトーマス津浪ハ地震前ニ起リ一千七百四十六年カラオ、リマノ津浪ハ一ハ地震アリテヨリ四十一時間半他ハ十七時間ノ後ニ起リ一千六百七十八年サンタ地震後海水ハ地平線外ニ退キ廿四時間ニシテ始メテ巨浪襲來セリト云フ
津浪ハ大震後ニ起ルコト多シト雖ドモ大震ハ假令其震央海中又ハ海岸ニアル場合ト雖ドモ必シモ津浪ヲ惹起スト称スヘカラス十六世紀以來南米ニ起リシ七十回ノ強震中津浪ノ伴随セシ場合多カリシト雖ドモ一千八百五十一年チリ大震一千八百五十五年ニュージーランド大震ニハ津浪起ラズクルーゲハ一萬五千ノ地震ノ中津浪ノ起リシハ僅ニ百廿四回ナルコトヲ發見セリペーリーノ表ニ依レハ南米ノ西海岸又ハ洋中ニ於ケル一千九十八回ノ地震ノ中津浪ノ共ニ起リシハ僅ニ十九回ノミナリキ之ヲ要スルニ津浪ノ多数ハ海岸又ハ海底ニ起リシ地震ニ伴フト雖ドモ屡々地震ノ現象ト相關セサルコトアリ斯ル津浪ハ其原因ヲ何レニ有スルヤ三陸津浪ヲ實査シタル伊木氏ハ海底火山ノ破裂ヲ以テ其動源トシタリキ氏ハ之ヲ断定スルニ其クラカトア火山島ノ破裂ニ際シ起レル津浪ト酷似スルコト及ヒ津浪ノ大ナルニ比シ地震ノ微弱ナリシコトノ二箇ノ重ナル事實ヲ挙ゲタリ然レドモ予ハ此事實ニ首肯スルコト能ハズ依テ後章ニ於テ之ヲ詳論セント欲ス實ニ海底火山ノ破裂ト津浪ト相伴ヒシ事實ハ一千六百五十年希蝋群島サントリンニ於テテラ島ノ東北三哩半ノ所ニ海底火山ノ破裂アリシ時ニ津浪ノ起リシコトアルノミ然レドモ此場合ニハ同時ニ家屋ヲ破壊セシ程ノ強震アリシ事ヲ記セリ此他予ハ未ダ此種類ノ記事ニ接セズ

第二章 海ノ深サ波幅及ヒ傳播速度ノ關係

 本論ニ於テハ水ノ一小部ハ「ヴェロシチー、ポテンシヤル」ヲ有シテ廻轉ノ速度ナク且其「フリーサーフェース」ハ左ニ記スルガ如キ三角函数式ヲ以テ表シ得ルモノト假定ス
今津浪ノ如ク波幅大ニシテ波ノ前面ヲ一直線卜假定シx軸ヲ水面ニ於テ波ノ前面ニ直角ニ取リy軸ヲ波面ヨリ真上ニ取リ振動緩ナルガ爲ニ分子速度ノ二次ノ項ヲ除キφヲ以テ「ヴェロシチー、ポテンシヤル」トセハ「コンチニュイチー」ノ方程式及ビ境界ノ條件ヨリシテ(Lamb's Hydrodynamics,Chap.IX)「ヴェロシチーポテンシヤル」及ビ「フリーサーフェース」ハ左ノ如シ

φ,η式入る

aヲ振幅・λヲ波幅・Vヲ傳播速度・τヲ週期トセバ
V=λ/τ=σ/k
 
依テ

η式入る

V=(gλ/2π tanh 2πh/λ)^1/2

h/λカ甚小ナル場合ニ於テハ tanh2πh/λ≒2πh/λナルヲ以テV=√ghトスルコトヲ得而シテ此上式ハh/λ=1/60ナルトキ〇.二%ノ誤差アリ1/20ナルトキ一.五%ノ誤差アリ此誤差ハ著大ナラザルヲ以テ此誤差以内ニ於テ次ノ表ヲ作ル
今此表ニ就テ見ルニ十五分ノ週期ヲ有スル波ハ八千米突ノ深サニ於テ二百五十二粁ノ波幅ヲ有シ一千米突ノ深サニ於テハ八十九粁ノ波幅ヲ有セリ而シテ一時間ノ週期ヲ有スル波ハ八千米突ノ深サニ於テ實ニ千八粁ナル長大波幅ヲ有スルコトトナル
津浪ノ波幅ハ如斯長大ナルベシト雖ドモ波ノ高サハ最大記録スラモ尚数十米突ヲ過ギズ故ニ陸地ヲ隔レル洋上ニ於テ船舶カ津浪ニ遭遇スルモ之ガ受クル傾斜及ビ加速度共ニ微少ニシテ航海者ガ沖合ニ於テ未ダ曾テ津浪ノ経過スルヲ認メザル理由ナリトス
津浪ノ波幅如斯長大ナルベキコトハ其動源ヲ推究スルニ非常ニ要用ノ事項ニシテ予カ此編ノ眼目實ニ此處ニ在リ夫レ津浪ノ週期ハ大畧十分以上ノモノト見做シ得ベク從テ其波幅数十粁乃至数百粁ナルベク即其深サノ数十倍ヨリ数百倍ニ至ルベシ斯ル種類ノ波ヲ起スニハ如何ナル動源ヲ要スベキヤ今次章ニ於テ之ヲ論ゼン

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φ,η式
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表:深さ・速度・波幅

第三章 洋底一大部ノ沈降或ハ隆起ハ其性質緩慢ナルモ洪浪ヲ起シ得ヘキ理由

古來津浪ノ原因トシテ學者ノ唱道セシモノ日ク海底火出破裂曰ク地震而シテ海底火山破裂ハ海水ヲ撹乱スルヲ以テ地震ハ震動ヲ水ニ傳へ水ノ震動ハ相干渉シテ以テ洪浪ヲ生成スト称セリ然レドモ斯ノ如クシテ生シタル波ハ長大ノ波幅(深サノ数十倍乃至数百倍)ヲ有シ得ベキヤ頗ル疑シ且相關聯セル動源ヲ有スル津浪ハ其週期互ニ相似ルノ事實(第五章ニ述ブ)ヲ説明スルニ困難ナルベシ
今海底ニ起リシ地辷ノ爲ニ瞬時ニ地層ノ一大部(例ハ其面積ノ径ハ深サノ数十倍以上トス)カ僅少ノ隆起又ハ沈降ヲナサバ其上ニ静止セル水ノ表面ハ實際上之ニ等シトナシ得ベキ水準ノ変更ヲナスベシ今yヲ水面直上xヲ水面ニ沿フテ取リ海底垂直ノ地動ノ量ヲf(x)トセバ爲ニ生スル水ノ表面ハxノ方向ニ於テf(x)ナル曲線ヲナスベシ此ノ如キ水ノ表面ハ大週期ノ波トナルコトヲ得ベシ
多数ノ津浪否殆ント総テノ津浪ハ地震後ニ起レリ是レ地震ノ爲ニ津浪ノ起サルルニ非ズシテ地震ノ動源タル断層ガ海底ニ起ル時其垂直地動ニ依リ波ハ起サルルモノナルヘシ海岸或ハ海水ニ起レル強震ニシテ津浪ト相伴ハサルコトノ多キハ此場合ニハ海底ノ垂直地動微少ナルニ起因スルナラン
稀ニハ地震前ニ津浪ノ來襲スルコトアリ又津浪ニ先ツテ起ル地震ノ極メテ微弱ナルコトアリ又全ク地震ノ現象ト伴ハサルコトアリ斯ル津浪ノ動源ハ如何是レ予ガ説明セント欲スルトコロナリ
予カ立論ノ基礎トシテ海底ノ一大部ニ比較的緩慢ナル沈降若クハ隆起地動アルコトヲ假想ス盖断層ノ起ルヤ瞬時ニシテ終ルモノノミナルヤ又ハ多少ノ時間ヲ要スルモノアリヤ之レ断定シ難シ然レドモ長期ノ地動アルハ事實ナルベシ
 第一 火山ヲ中心トシテ地層ハ漸次ニ傾ケリ地層ハ又實際火山ノ破裂ノ際ニ沈降スルコトアリ
 第二 地震ノ前後又ハ之ニ関係セスシテ海岸線ニ於テ水準ニ急激又ハ徐々ノ変更アルコトアリ例ハ一千六百七十八年ノサンタ地震ニ於テハ水ハ地平線下ニ退キ二十四時間ニシテ津浪來襲セリ一千六百九十年ピスコ地震ニハ水ハ二哩退キ二時間ノ後浪來レリ一千八百五十四年ノアカパルコ地震ニハ海水ハ漸次ニ恢復セリ一千八百七十七年南米ノ津浪ハイキクニ於テ地震ノ後港内ノ岩礁力水面以下ニ没セシコトヲ發見セリフックスハ南米ノ海岸ニ於テ水準変更ニ就テ曰ク海水ハ婁々徐ニ歸リ來リ又遂ニ歸リ來ラサルコトアリ
通常津浪來襲以前ニ於テハ海水ノ干退セルコトヲ認メタリ盖津浪來襲ヨリ数十時間又ハ数時間前ニ干退アリシモノヲ土地ノ変動ニ起因ストスルハ當ヲ得タルモノナラン兎ニモ角ニモ予力假想ハ不道理ノモノニアラサルベシト信ス
今海底ノ一大部ニ急激ナル地動アリテ其起セル波ヲ左ノ如ク假定ス
η=A sin(kx−σt)・・・・・・(フリーサーフエース)
φ=gA/σ cosh k(y+h)/cosh kh cos(kx−σt)・・・・・(ヴェロシチーポテンシャル)

假リニ此地動ヲTナル時間内ニ於テ漸次ニ徐々ニ起ルモノトシ之ヲ充分ニ小分シテミεトシ次第ニ起ル「エロシチーポテンシヤル」及ヒ之ニ應スル振幅ヲ各Φ0Φ1Φ2・・・n、a0a1a2・・・anトシ mヲg/σ cosh k(y+h)/cosh kh ニ代用セハ
 Φ0=ma0cos(kx−σt)=ma0{cos kx cos σt+sin kxsin σt}
 Φ1=ma1cos{kx−σ(t−ε)}=ma1{cos kx cos σ(t−ε)+sinkx sin σ(t−ε)}
 Φ2=ma2cos{kx−σ(t−2ε)}=ma2{cos kx cos σ(t−2ε)+sinkx sin σ(t−2ε)}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 Φn=mancos{kx−σ(t−nε)}=man{cos kx cos σ(t−nε)+sinkx sin σ(t−nε)}

便宜ノ爲ニ
a0=a1=a2=・・・・an
トセハ

ΣΦ式入る

合成ノ「ヴェロシチーポテンシヤル」及ヒ「フリーサーフェース」ΦHヲ以テ表ヲ各サハ

Φ、H式入る

今 sin σε/2≒σε/2ニシテna=A,nε=T,σ=2π/τトセハ
 H=Aτ/πT sinπT/τsin{kx−σ(t−T/2)}

此式ニ就テ見ルニ振幅ノ因子ハτ/πTsinπT/τニシテTトノ關係ハ左ノ如シ
即T微小ナル間ハ振幅ノ因子ハ1ニ近ケレドモT力増スニ從ヒテ漸次ニ減小シτニ至テ0トナルTカτニ比シ大ナルトキニ起ル波ハ其振幅Aニ比シ頗ル小ナルヘキモ然レドモT甚大ナラサル間ハ未タ以テ度外視スヘカラス
斯ノ如キ地層ノ変動ヨリ地震ノ強弱ハTノ大小ニ大ナル關係ヲ有スヘクT大ナルトキハ其小ナル時ヨリモ微弱ナル地震ヲ起シ得ヘク而シテ原因力遠ク洋中ニアルトキハ津浪ノミアリテ地震ヲ感セサルコトモアリ得ヘシ
故ニ津浪ヲ此方法ニ依テ起ルモノトセハ某津浪ト地震トノ關係微弱ナリシコト及ヒ某津浪ノ最大波カ第一波ニテアラザリシコト等ノ事實ヲ説明スルハ容易ナリ又験潮儀ノ記録ヲ按スルニ本津浪來襲前ニ同一週期ノ小波力数時前ヨリ断続シテ顯ハルルコトアリ斯ル現象ヲ説明スルコトモ亦難カラス
以上論スル所ニ依レハ波面(フリーサーフエース)ハ地動ニ依テ殊ニ正弦曲線ノ形ヲ取ルモノトシタレドモ是レ便宜ノ爲ニ設ケタル想像ニ過キス實際波面ハ地動ノ如何ニ依リ任意ノ形ヲナスヘシト雖ドモ此形ハ又フーリエーノ定理ニ依リテ若干ノ正弦曲線ヲ組合セテ成レルモノト見做スコトヲ得ヘク地動ヲTノ間ニ漸次ニ起ルモノトセハ爲ニ生成スル波ハ各正弦曲線ノ波力前ニ述ヘタルカ如ク単獨ニ各自T秒間ニ相干渉シテ起ル若干ノ波ノ合成波ト見做スコトヲ得ヘシ
精ク前記ノ動揺ニ起因セル波状ヲ論ゼント欲セバ須クコーシーケンヴインノ所説ヲ敷衍スヘシ然レドモ只ニ計算ヲ冗長ニスルノミニシテ得ル所少キヲ以テ今暫ク前論ニ止メタリ

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ΣΦ式
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Φ、H式
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表:Tとの関係

第四章 海ノ深サト傳播ノ方向

傳播速度ハ深サノ平方根ニ比例スルヲ以テ波ハ淺瀬ニ於テ進行ヲ緩クシ深淵ニ於テ急行ヲナス海底ノ深サハ所ニ随テ異ルヲ以テ波ノ前面ハ其進行ト共ニ始終形ヲ変更スヘシ日本ノ東ニ於テ海底ハ略二度ノ傾斜ヲ以テ八粁余ノ深サニ達シ智利ノ西ニ於テハ略七度ノ傾斜ヲ以テ太平洋ノ深底ニ達ス斯ル海洋ニ於テ起ル津浪ノ前面ハ陸地ニ近ツクニ從ヒ漸次ニ其前面ヲ扁平ニスルノ傾アリ今假リニ海岸線ヲ直線トシ海ノ深サハ海岸線ヨリノ距離ニ比例シ海岸ヨリ百粁ノ所ニ於テ深サhヲ一粁トス此点ヲ原点トシx軸ヲ海岸線ニ平行ニyヲ直角ニ取リ任意点ト原点トノ距離ヲsトシ之力x軸トナス角ヲθトシt=0ニ於テs=50ナル波ノ前面アリトセハ(三陸大津浪ノ場合ハ之ニ近シ)十五分間ヲ経過シタル後ノ波ノ前面ニ就テ(分、粁ヲ単位トス)
h=1/100(50−s sinθ)
V=√gh
ds/dt=√gh=√g/10√50−s sinθ)
s=50+√g(1−1/2sinθ)t−sinθ/400gt^2
=50+89.1√1−1/2sinθ−19.85sinθ

表:s,θ

三陸津浪ニ於テ伊木氏ハ海岸ノ地貌自ラ波ノ影ヲ土地ノ草木ニ刻セルコトニ着目シ津浪來襲ノ方向ヲ決定スルニ足ルヘキ良好ノ材料ヲ得タリ三陸ノ海ニ於テハ其深サ畧海岸ヨリノ距離ニ比例シ且等深線ハ海岸線ト概相平行スルヲ以テ予ガ前ニ論ジタル波ノ前面ノ変形スルコトハ此場合ニモ亦適用スルコトヲ得ベシ即波ノ前面ハ漸次ニ鑛ガルヲ以テ動源ノ中心ハ進行ノ方向ヲ引長シテ求メタル交点ヨリ海岸ニ接近セル位置ニアリシコト明ナリ

図:x,y

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s,θ表
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x,y図

第五章 三陸津浪

明治二十九年六月十五日三陸ノ沿岸ニ起レル大津浪ノ實況ヲ調査セル伊木氏ノ報告ニ據リ又検潮儀ノ記録等ヲ参照スルニ宮古ニ於テ始メテ地震ヲ減ジタルハ午後七時三十二分ニシテ海ハ初メニ干退ヲ起シ同八時比ヨリ増水シ八時七分ニ至リ一大波浪押寄セタリ今此地震ト同時ニ津浪ハ起リタリトセバ高波力宮古ノ海岸ニ到着スルニ約三十五分ヲ費セシナルベシ波ノ週期ハ畧十五分ニシテ第二波最大ナリキ波ノ高サハ吉濱ニ於テ八十尺ノ最大記録アレドモ波ハ港湾ノ漸次ニ狭隘トナルモノ又海ノ漸次ニ淺クナルモノヲ進行スルトキハ其ニ其高サヲ増スヲ以テ此時ノ波ノ高サハ洋中ニ於テモ亦八十尺ヲ下ラズトハ断言シ難シ斯ノ如キ影響ヲ蒙ムルコト最微少ナル位置殊ニ岬角等ニ就テ波ノ高サヲ求ムルニ吉濱ノ附近ニ於テハ一モ其報告ヲ得ザレドモ宮古ノ附近ニハ四十尺位ノ記録アリ然レドモ此邊ハ吉濱等ニ比シ遠淺サノ海ニシテ斯ル海ニ於テハ波ハ其高サヲ増スベシト雖ドモ遠淺サノ海力長距離ノ間擴カルトキハ波ノ消滅スルコトモ速ナルベシ宮古附近ハ前者ニ属スベク依テ推測スルニ當時ノ波ハ洋中ニ於テ其振幅三四十尺位ナリシナルベシ
検潮儀ノ記録ヲ見ルニ動源ニ最モ近キ鮎川ニ於テハ六月十五日午前中ハ海水平穏ナル状態ヲナセドモ八時二十五分ニ至テ俄然約二十珊米突ノ干退ヲ示シ尋テ四五分ヲ経テ高サ百四十珊米突ナル第一激浪襲來シ爾後凡七八分ノ週期ヲ以テ一去一來以テ数日ニ渉レリ蓋シ鮎川ノ地タルヤ前ニ金華山網地等ノ島嶼アリテ波カ此地ニ進入スルニハ一ハ牡鹿ノ東海岸ヲ沿フテ鮫浦湾ヲ過ギ金華山ノ海峡ヲ経テ進ムモノト一ハ沿岸ヲ離レテ遙ノ沖合ヲ進ミ金華山ヲ迂回シテ來ルモノトノ二途アルベク而シテ其深サノ関係ニ依テ後者ハ前者ヨリ迅速ニ進ムガ為ニ乙ハ甲ヨリ早ク観測点ニ達シ而シテ其源同一ナルニ拘ラズ互ニ干渉シテ従テ其週期モ亦半減シタルモノナルベシ花咲ノ検潮儀ノ記録ニ就テモ多少同様ノ感ナシトセズ然レドモ初ノ間■明ニ凡ソ十五分ノ週期ヲ示セリ(此他之ニ類セル検潮儀記録アリ)此観測点ニ於テハ八時四十分ニ少許ノ干退ヲ示シ五十分ニ至テ四十珊米突ノ高サニ上レリ之ヲ最大波トスベシ三崎検潮儀ノ記録ニ就テハ同日午後九時四十分比ヨリ實ニ約十五分ナル規則正シキ週期ヲ以テ振動ヲ始メ最高者ハ二十珊米突ニ達セリ然レドモ此前ヨリ其週期十五分位ナル波ノ此處彼處ニ表レタルアリ是レ津浪來襲以前ニ動源ハ微少ノ変動ヲ始メ以テ此波ヲ海水ニ起サシメタルニ非ルカ大津浪ノ前ニ海水ニ異常ノ干満アルコトアリ其週期ノ如何ニ就テハ未詳ノ裡ニアレドモ右ニ述ベタルモノト同一ノ現象ニ非ルカ果シテ然ラバ是レ津浪豫報ニ就テ好材料トナルベシ記シテ後ノ参考ニ供ス
津浪ノ動源ニ就テ伊木氏ノ説ヲ擧ゲンニ(一)浪ノ波及圓圏状ナリシコト(二)地震ノ極メテ微弱ナリシコト(三)津浪ノ著シク強大ナリシコト(四)海水ノ干退割合ニ小ナリシコト等ハ古來ノ地辷津浪ナルモノト趣キヲ異ニシクラカトア島破裂ノ際ニ起リシ津浪ト相類似セルヲ以テ海中火山ノ活動ヲ以テ此津浪ノ動源トセリ予ハ海中火山ノ活動ガ如何ニシテ波幅数十里ニ亘ルガ如キ長大ノ波ヲ起シ得ルカヲ了解セズ假令之有リトスルモ伊木氏ノ主張スル所ニハ首肯シ難シ(一)浪ノ波及圓圏状ナリシコトハ其原因ノ海中火山タリ又ハ断層タルトニ關係ナシ假令海中火山ノ活動ニ依テ始メニ圓形ノ波ノ前面ヲ作リ得タリトスルモ海岸ニ近クニ從ヒ速ニ扁平トナルベシ唯其動源ハ前進ノ方向ノ交点(海岸ヨリ百五十哩ノ距離ナリト云)ヨリ海岸ニ近キコトヲ知ルニ適ス(二)地震ハ微弱ナリシト称スレドモ震源ニ近キ所ニテハ頗ル強大ノ地震ヲ起シタルナルベシ蓋シ其動源大ナル地震ニリテハ長キ振子若クハパシュ井ツチノ水平振子ヲ用フルトキハ非常ノ遠距離ニ於テモ能ク其記録ヲ得ルコトアリ
即明治三十年二月二十日ノ宮城巖手地震ハ獨國ポツダム府ニ於テ大森教授ノパシュヰツチ水平振子ニ感シ同二十九年六月十五日大津浪ノ地震ハ其二回ノ続震ト共ニ以太利ニ於ケル長キ振子及ビ獨國等ニ於ケルパシュヰツチ水平振子ニ感セリ之ヲ以テ見ルモ大津浪ノ地震力如何ニ大ナリシカヲ想像スルニ難カラズ大森教授ノ地震面積ヨリノ推究ニ依レハ其大サ明治二十七年ノ庄内地震ニ匹敵スベシ(三)(四)地震強大ナラズシテ津浪ノ強大ナリシコト海水ノ干退割合ニ小ナリシコト等ハ断層津浪ノ記録ニ於テ珍シカラス之ヲ要スルニ第二波ノ最大ナリシコト等ノ如ク通常ノ断層津浪ノ特徴ヲ備フルコト多ク之ヲ夫ノ例外ナルクラカトア島破裂ノ際ニ起レル津浪ニ比スルニ彼ハ海水少シモ干退セスシテ第一ニ最大ノ波襲來シ而シテ其空中火山ノ破裂ナリシコト等ニ於テ之ト異レリ故ニ予ハ此時ノ津浪ヲ以テ海中火山ノ破裂ニ依テ起レリトスルノ不當ナルヲ信ズ
予ハ今茲ニ三陸大津浪ト凡テノ性質ニ於テ酷似セル(只其大サニ差違アルノミ)其翌年ノ小津浪ニ就テ動源ノ同一種タルベキ理由ヲ述ベ彼是共ニ断層ニ成レル海底一大部ノ沈降ニ依テ起サレタリトスルノ適切ナル理由ヲ述ベン
明治三十年八月五日午前九時三陸地方ニ強震アリ(各測候所ノ報告ハ震災豫防調査會報告第二十一號地震動傳播速度報告ニ掲ゲタリ)凡ソ三十分ヲ経テ高サ十尺ニ至ル小津浪起レリ宮古測候所ニ嘱託シテ得タル報告沿岸諸役場ヨリノ報告及ビ該地方ノ新聞ノ報スル所ヲ蒐集シ左表ヲ得タリ
今此表ニ就テ見ルニ波ノ大サハ前年ノ大津浪ニ此シ得ヘキニアラサレトモ地震アリテヨリ津浪ノ來ルマテ大略三十分位ノ時間ヲ経過シ且週期モ亦十五分位ノモノナリシヤ疑ナク動源ノ位置ハ前年ノモノニ比スルニ海岸ヨリ略略等シキ距離ニシテ二三十粁南ニアリシガ如シ是レ其前年ノ大津浪ニ酷似セル所以ナリトス
南米智利ノ沿岸ニ屡々來襲セル津浪ハ其週期十分ヨリ三十分ノ間ニアリト云へリ又明治二十六年及ヒ二十七年根室千島邊ニ起リシ津浪ハ其週期二三十分ニシテ三陸兩度ノ津浪ト趣ヲ同シクセリ斯ノ如ク其動源同一ト認メラルルモノノ週期ノ略相類似セルハ偶然ノ結果ニアラスシテ之ニハ一ノ理由アルヘシ
今断層ニ依リ地層ノ一大部ハ沈降又ハ隆起シ而シテ此変動ハ瞬時ニ起ルモ又比較的緩慢ニ起ルモ共ニ均シク津浪ガ起サルルトセヨ然ルニ陸地ニ於ケル断層線ハ往々其近隣ニ起レル断層線ノ延長セラレタルモノナルコトアリ例ハ明治二十七年ノ庄内地震ヲ超セル矢流澤断層ト二十九年ノ陸羽地震ヲ起セシ千屋断層トハ共ニ一ノ長キ地弱線ヲ作リ後者ハ前者ノ余響ナルコトヲ山崎理學士ガ断定シタル如キ是ナリ而シテ斯ノ如キ連続セル断層ハ其線ノ直角ノ方向ニ於テ彼是甚キ差違ナキ地動ヲ起スニ至ルヘシ
海中ニ起レル断層線ハ海岸線ニ平行スルコト多シ今此處ニ一ノ断層起ラハ其余響トシテ此断層ニ連続セル他ノ断層アルヘキハ多少望ミ得ラルヘキコトニシテ若シ此事アラハ甲乙共ニ断層線ニ直角ノ方向ニ於テ相應スルノ地動ヲ起シ著シキ差違ナカルヘシ而シテ南米及日本ノ場合ニ於テ等深線ハ共ニ海岸線ト相並行スルヲ以テ斯ノ如キ地辷ニ依テ起ル海底ノ沈降若クハ隆起セル面積ノ海岸線ニ直角ナル方向ノ長サト海ノ深サトハ兩々相類似セルモノナルヘク依テ甲乙其深サニ差違少キ海ニ於テ海岸ニ向ヒ波幅著キ差違ナキ波トナリ依テ其週期ヲ略相等シクスルニ至ルヘシ盖シ智利ノ沿岸ニ屡襲來セル津浪ノ週期ハ十分乃至三十分ナル一定ノ界限アル事實ハ右ニ述ヘタル理由ヲ措テ外ニ説明スルノ途アルヲ知ラス
大津浪ノトキノ地震ハ其強度庄内地震ニ伯仲スヘキハ疑ヲ容レス依テ之ノミヲ以テ見ルモ其原因ノ断層ニ關係スルコト明ナリ然レトモ強震部ハ海底ニアリシカ爲ニ直接ニ其實ヲ確ムルコト能ハサルヲ以テ假ニ此点ニ一歩ヲ譲リ地震ヲ強大ナラストスルモ尚其翌年八月ノ小津浪ハ陸地ニ於テスラモ可ナリ
強大ノ地震ト件ヒシヲ以テ此原因ハ断層トセンニ何人モ異議ヲ唱ヘサルヘシ而シテ其前年ノ津浪ニ継キ漸ク一年ヲ経テ同一地方ニ再ヒ斯ノ如ク同種ノ津浪ノ起リシ事實ハ兩者相俟テ其關係自ラ明ナリ故ニ予ハ曰ク三陸津浪ハ断層ヲ成セル地層ノ上下変動ニ依テ起サレタリト
今大津浪ノ場合ニハ波ノ谷カ第一ニ進ミシヲ以テ宮古ニ於ケル記録ニ依リ動源ノ中心ヲ究メントスルニ地震ハ午後七時三十分三十秒ニ起リ第一波ノ山ハ八時七分ニ來リシヲ以テ第一ノ波ノ谷カ到着ニ要セシ時間ハ二十七分トナル今伊木氏ガ波ノ來襲セル方向ヲ延長シテ得タル交点ハ吉濱ノ正東二百四十粁ノ距離ニアルヲ以テ波ハ此線上ノ何レノ点ヨリ發セハ宮古ニ達スルニ二十七分時ヲ要スヘキカヲ研究セシニ(水路部及ヒシヨツトノ海圖ニ依ル)海岸ヨリ其距離約百五十粁ノ点ハ之二應スルコトヲ發見セリ且其週期十五分ナル波ノ幅ハ此邊ニ於テ凡ソ百七十八粁位ナルヘケレハ海上ニ第一負波力顯ハレシトキハ其大サ大略編末ノ圖ニ示スカ如キモノナリシナルヘシ

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明治三十年八月五日午前九時三陸地方地震の地域別表

第六章 結論

以上予力論セシ所ヲ列擧センニ津浪ハ波幅極メテ大ニシテ週期ハ十分ヨリ小ナル例ナク大ナルモノハ二時間ニ至ルアリ故ニ遙ノ沖合ニ於テハ航海者ハ之ヲ認メ得ヘカラスト雖トモ海岸ニ來テハ波ハ屡暴威ヲ逞ウシ又ハ徐々ニ來リテ徐々ニ退クコトアリ波ハ単一波ニアラス其最大ナルハ第一波ノ特有ニ属セスシテ第二波或ハ第三波ノ最大ナル例モ亦多シ其多数ハ海岸又ハ海中ニ起レル大地震ノ後ニ來襲セリト雖トモ稀ニハ地震ト關係ナキモノアリ然レトモ皆均シク海底一大部ノ急激又ハ緩慢ナル沈降若ハ隆起ニ依テ起サルルトスルヲ適當トス即夫ノ三陸津浪ノ如キ是ナリ
津浪ノ起ル前ニ海水ハ干退ス(但クラカトア島破裂ノ際ニ起レル津浪ハ例外トス)而シテ多数ハ数時若ハ数十時間前ヨリ干退シ始ムレトモ稀ニハ干退ヲ始メテヨリ暫時ニシテ大波ノ襲來スルコトモアリ又津浪以前ニ不時ノ干満ヲナスコトアリ
海岸ニ住スル人ハ斯ノ如キ異常ノ潮候ニ注意シテ警戒ヲ加フルヲ要ス又波ハ淺瀬ニ近クニ從ヒ漸次其高サヲ増ス故ニ遠淺ノ海ニ臨メル所ニ於テハ波ハ高シト雖トモ其減殺セラルルコトモ亦速ナリ之ニ反シテ深淵ニ臨ムノ所ニ於テハ波ノ増大スルコト著カラス從テ害ヲ受クルコト少シ又些細ノ隠蔽ハ能ク波ヲ遮断シ得ヘシト雖トモ港湾ノV字形ヲナス所ニテハ波ハ奥ニ進ムニ従ヒ著シク其高サヲ増スヘシ三陸ノ大津浪ノ場合ニ吉濱ニ於テハ他ニ超越シテ波力八十尺ノ高サニ達セシハ主トシテ是等ノ原因ニ依レリ
右論セシ所ハ僅ニ十余種ノ津浪ノ記録ニ據レリ蓋シ津浪ノ記録ハ少カラスト雖トモ記スル所被害ノ状態位ニ止マリ波ノ性質等ヲ記セシモノハ予カ集録セシ僅少ノ記事アルニ過キス此外ニ被害ナキ為カ或ハ其他ノ原因ニ依リ記録ニ上ラサル小津浪ハ實ニ多数ニ上ルヘシ予先年鹿児島ヘ出張ノ際之ヲ聞ケリ曰ク前年某日市街ヲ貫流スル甲突川ニ津浪上リ來レリ武橋ヨリ之ヲ見レハ海水ハ下流十町位ナル川口ヨリ徐々ニ進ミ來リ中流ノ洲ヲ盡ク没シ橋下ヲ過キ猶上流数町ノ所ニ至テ止ミ暫クシテ始メハ徐々ニ終リハ速ニ遙ニ川ロ邊迄退キ而シテ後海水ハ再ヒ前進シ如斯スルコト数回ニシテ数時間ニ渉リシト云フ盖其人ノ語ル所ニ依テ察スルニ波ノ週期ハ二十分内外ナリシナラン今其詳細ヲ知ルニ由ナシ
何レノ海濱ニモ右ニ類スル小津浪ハ夥シク起ルヘシト信ス其原因又ハ前徴トモ見做スヘキモノハ観測者ノ注意ヲ脱スルコトアルヘシト雖トモ波ノ週期回数地震及ヒ津浪ノ到着時間、波ノ高サ、方向、最大波、第一波等ノ如何ニ着目スル漁夫モ亦之ヲ能クスヘシ若シ夫レ海岸ニアル測候所ノ諸員ヨリ海員諸氏ニ至ルマテ深ク之ニ意ヲ用フルニ至テハ斯學ニ益スルコト益シ少々ニアラサルヘシ

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三陸津浪傳播図
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明治二十九年六月十五日 三陸津浪 自記験潮儀記録:陸前國牡鹿郡鮎川村・根室國花咲郡花咲村・相模國三浦郡三崎町
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自記験潮儀記録 千八百八十三年八月 クラカアトア津浪・ 千八百七十七年五月九日 イキク津浪・ 千八百五十四年十二月廿三日津浪・ 千八百八十一年十二月印度津浪