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1.津浪の性質

Array1).總説
 津浪とは濃厚なる低氣壓の襲來、地震、火山の破裂等に伴ひ海水の大波動が起り、内陸深く侵入するものにして其甚だしきものは一切の地上物を破壊流去せしめ其後更に一進一退數回の往復を繰返す。一般に地震に及び火山を原因とする津浪を地震津浪低氣壓を原因とする津浪を暴風津浪と稱す。幸か不幸か吾人は最近に於て此の兩者の経験を有す。即昭和8年3月3日に三陸沿岸に襲來せる三陸地震津浪と昭和9年9月31日大阪、和歌山、徳島、高知各府縣沿岸に襲來せる關西暴風津浪とである。前者に關しては昭和9年3月農林省山林局刊行の「三陸地方防潮林造成調査報告書」に詳述せられたるを以て本章に於ては主として暴風津浪を實例として其の特徴を述ぶることとせり。

2).津浪襲來の状況
 暴風津浪は深厚なる低氣壓の中心が陸岸近くに襲來し、而も其の中心移動が迅速なる場合に起るものにして蓋し深厚なる低氣壓は之に伴ひ暴風吹き募り、盛に風浪を起すのみならず氣壓の低下及び風の吹き寄せにより次第に平均海面の上昇を來し(地震津浪に於ては地盤そのものに昇降なき限り平均海面の上昇を來す事なし)。此の際中心の移動迅速なれば未だ充分その海面隆起が平衡に達せざる中に中心の位置は移動する故海水は愈々不安定となり、大動揺を起す理なり。即暴風津浪は時間と共に漸増的に海面の上昇を來すものにして、地震津浪の如くに突如として海水の大波動が陸地に侵入するものに非ず。從て暴風津浪では避難の遑なく高浪の犠牲となるが如き事は少なし。

3).波長
 地震津浪の波長は驚く可き大なるものなり。即、理論上週期15分、水深10mなれば9km、週期15分、水深1,000mなれば89km、週期1時間、水深8,000mなれば實に1,008kmと云ふ大波長を有すべきなり。
 暴風津浪の波長は實例に徴する迄もなく、地震津浪に比す可くもあらず、叉速度も遙に小にして從て其の水平破壞力も地震津浪に比すれば遙に微弱なり。

4).暴風津浪の被害度
 暴風津浪被害に於ては風水害を混同して論ずる嫌あるも風害と水害とは明白に区別するは勿論、嚴密には水害と浪害とを区別すべきなり。
 昭和9年9月21日の關西地方の風水害に於ては風害は激しかりしも浪害は左迄著しからず、高浪による被害の甚しかりしは標高低く、且汀線との間に全く波に對する障害物なき室戸岬町、堺市の如く當然被害を蒙る可き箇所のみなり。
 高知縣に於ては浪害により家屋を流失せられたるは、海岸保安林内に濫に住居したる所謂少數部落で、縣當局は之を追放するに忍びずして放置したりしが滲害を被りたるなり。
 總じて關西暴風津浪の被害著しく喧傳せられたるは(1)被害区域に市街地多かりしこと、(2)津浪被害に風害の交錯したることの爲なるべし。
 大阪市港区、大正区の如く高波に襲はれたる箇所に付いてみるに、波高は紀伊水道の對岸距離22浬より計算するときは(Stevenson式による)
  H=0.451√f+(0.75-0.34(4)√f)=2.1306m
   (但しH=波高 f=對岸距離)
にして、即理論上大阪灣内に於ては2.1306mが最大波高にして之に平均海面の上昇約1mを加算するも大體3mにして、叉當時床上浸水1.0~1.5mと稱するに徴するも浪災は左迄大なるものに非ず、尚當時の高波の襲來状況、避難民の避難状態等より推すも、所謂津浪被害は浸水の爲の被害(即水害)が大部分にして、之に暴風害が交錯し最も恐る可き波の破壞力(即浪害)は比較的少なかりしものと信ず。然れ共低氣壓による平均海面上昇の爲、標高低き箇所に於ては浸水廣範圍に亙り、又平均海面上昇の影響は風害地以外にも及ぶものなり。例せば高知縣高岡郡須崎町以西幡多郡に至る海岸地方は風害は殆ど見ざるも沿岸一帶に緩慢なる水害を被りたり。但し地震津浪の如くに波長の大ならざる關係上傳播による勢力の消耗多く、從て左迄遠距離に達するものに非ず。
 要之暴風津浪の被害は三陸津浪の如く地震津浪獨特の深刻なるものには非ずして寧ろ一般水害の甚しきものと考ふるを妥當とすべし。
 暴風津浪の猛威を振ふは大浪が連續的に襲來する場合なり。遠淺海岸に於ては一旦打寄せたる波は水位の高まりを脱するため重力により底退きを生じ最大勾配方向即通例海岸に直角に逆流する故、新に押寄する波が單一波なれば其の勢力は大いに減殺さるるも連續的に大波が襲來する時は、内陸深く侵入する理なり。

5).津浪の侵蝕作用
 一般に津浪はその海底より持來す土砂量よりも陸上より持去る土砂量の方が多し。遠淺海岸に於ては波は次第に移動性の波となり、即全體として海水の實質的前進を伴ひ、特に逆巻を起せば波のエネルギーは主として水平運動と化する故、海底の侵蝕甚しく第1圖の如き一時的海岸段丘を形成す。
 關西津浪に於ては和歌山縣鹽屋村、箕島町、椒村、西脇野村、徳島縣里浦村、富岡町、見能林村、坂野町、高知縣吉良川町、安藝町に其の著しき例をみる。
6).暴風津浪獨特の現象
 前述せる如く暴風津浪に於ては氣壓の甚しき低下及風の吹寄せにより通常平均海面の上昇を伴ふものなり。遠淺海岸に於ては海面上昇の爲、汀線近くの陸地は海中に沒す。此の海中に沒したる部分は浸水による被害はあるも浪害を免るる故比較的被害輕微なれども、之より内陸部が却て波に破壞流失せらるると云ふ一見奇異なる現象を呈す。
 今海面上昇1.5m、波高1mとすれば右の現象は第2圖により説明し得べし。
 即、波の逆巻を起す箇所(破壞點)は波高(h)と水深(h')とが一致する箇所にして、波の水平破壊力最も大なるは波の破壊點よりも内陸側なり。
 斯の如き現象は全く暴風津浪特有の現象なるべく叉暴風津浪にても波高が平均海面上昇に比して小なる場合、即h=h'<Hなる場合に限る。即H−h以下の標高の部分が被害比較的輕微なる部分なり。h>Hとなれば波の破壞點は平時の汀線よりも海中となる故斯る現象は生ぜず。
 右の現象を實地に求むるに次の如し。(實例省略)

7).津浪の破壞力
 地震津浪の如き偉大なる長波の破壞力を數字を以て示す事は至難なるべし。参考迄に暴風津浪を普通の浪の大なるものと假定し、波の壓力に關する實験式により暴風津浪の壓力を計算すれば次の如し。
  P=kWH
  P=單位體積の壓力
  H=波高
   W=海水の單位體積の重量
   k=1.25~1.85
 右の實験式により被害最も激甚なりし室戸岬附近の浪の壓力を計算するに次の如し。
 高知測候所の報告によれば室戸附近の津浪の高さは12mなり。叉颱風の中心は670mm程度で9月の平均氣壓759mmに比し89mmの氣壓降下を見たる譯なれば静水力學的に考ふれば海面は
   89mm×13.6(水銀の比重)=1.21m
だけ中心に於て膨れ上る事となり、尚當時午前4時20分頃は満潮時に相當する故假に潮差を1mとすれば波高は次の如し。
   12m−(121m+1m)=9.79m
   ∴波の壓力Pは
   P=kWH=125×1,043.8kg×9.79=12,773kg/m^2
 右の結果に見るも津浪の壓力は豫想外に大なるを知るべきも而も尚津浪の破壞力は壓力のみに起因するものに非ざるは想像に難からず、津浪の恐るべきは寧ろシヨックに起因する破壞力なるべく、特に地震津浪に於て然りとし、津浪の破壞作用は其の波高に正比例せざる事勿論なり。單に波高のみを見るときは三陸地震津浪の激害地たる小本、田老、大槌、鵜住居、唐丹、越喜來、綾里等は室戸岬に比し波高は低かりしにも拘はらず、其の被害の激甚なる事比す可くも有らざりしは地震津浪のシヨックが遙に大なることが主因なるべし。
暴風津浪と潮の干満
 暴風津浪の被害程度は潮の干満により著しく相違す。我國沿岸各地の大潮の平均潮差(干満の差)を檢するに次の如し。
 上表に依れば假に和歌山、徳島、高知沿岸に大潮の干潮時に低氣壓襲來せりとし、海面上昇2mとするも尚満潮時の平均海面に達するに過ぎざるなり。關西暴風津浪の當時恰も満潮時に相當したる室戸岬は高浪8.5m波頭12mに達したるに大阪に於ては落潮になりてより約3時間目に當りたるため、被害は比較的輕微なり。若し午前5時頃に襲來したりとすれば猶一層滲状を呈したりしならん。
 尚海水の平均水面は一定なるものに非ず。本邦沿岸に於ては1~4月に最低にして7~10月に最高となり、其の差約0.3mなるも旅順港の如く0.6mに達する所もあり。
 右に述べたる事柄を次の如くに一括し得べし。
 即7月より10月に至る迄の新月或は満月の1~2月後(即大潮)の高々潮と低氣壓中心の襲來時刻と一致したる場合最も警戒を要す。

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図:第1圖
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図:第2圖
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表:沿岸各地の大潮の平均潮差

2.防潮林の效果

 津浪の破壞力は前章に述べたるが如く驚く可き大なるものなり。從て大津浪の激害地に於て防潮林の效果乃至樹種、徑級、林齢等による被害度の相違等は全く認め得ず。何となれば一様に殲滅せられ被害跡地には一木一草をも止めぬ故なり。中害地より微害地に至れば森林の效果は顯著に證明せらるるものにして關西暴風津浪は概して比較的大ならざりしため、森林の效果を證するには適當のものなりしと謂ひ得べし。材木に對する津浪の作用は(1)高浪の水平破壞力、即物理的作用と(2)海水の含有する鹽分に起因する生理的作用とに分ちて考ふるを便とすべし。

1).物理的作用
 防潮林の使命は津浪の物理的作用を減殺するに在り。津浪の勢力猛烈なる時は防潮林は著しく被害を蒙り、時には全滅に瀕することもあるべし。然れ共其の自ら殲滅する事により津浪のエネルギーを喪失せしめ、後方の被害を輕減せしめ單なる水害に止まらしむるを得ば防潮林の任務を果したるものと謂ひ得べし。關西暴風津浪は其の程度比較的輕微なりし爲林木を折損、倒潰せしめたるは徳島縣、高知縣の一部に局部的に認めらるるに過ぎず、多くは海岸林は各所に偉大なる效果を示して後方耕宅地を無害或は微害ならしめたり。
2).生理的作用(省略)
3).防潮林の效果の實例(省略)

3.防潮林造成に關し注意すべき事項

1).我國各地に於ける津浪の歴史(省略)
2).海深
 津浪の加害状況を考察するには海岸線の形状並に海底の深淺を考慮せざるべからず。海岸線の形状に關しては震災豫防評議會刊行の「津浪災害豫防に關する注意書」に詳細報告せられたるにより茲には省略し海深に付き一言すべし。
 波は淺瀬に來れば水深に對し波長が大となり、即長波の性質を帯ぶる故、其の速度は水深の平方根に比例する故、水深大なれば速度は大であるが波高は低く、水深小なれば速度は小なるも波高は高し。概して隆起地形に属する南海、四國沿岸地方は灣ロの深さ多くは30m以下にして(但し串本以東は深し)之を三陸地方沿岸の30~70mに比すれば遙に淺く從て波高の大なる可きは想像に難からず。仍て和歌山、高知縣海岸に防潮林・防浪堤設置に當つては浪高は港灣奥部に於ては20m位に達するものと假定するを要す。
3).樹種の選定
 防潮林の使命は津浪を堰き止むるには非ずして、津浪の水平破壞力を減殺して防潮林後方の被害を輕減せしむるに在り、林木の抗壓力は様々の因子の影響を受くる故正確なる數字を知るに難きも、風速毎秒40mの颶風により挫折、倒潰するものと假定すれば此の風壓は195kg/m^2なる故林木は大體200kg程度の壓力にて倒潰する道理にして、一方津浪の破壞力は既に述べたるが如く凡そ偉大なるものなるを知る時、猛烈なる津浪を林木にて防ぎ切る事は思もよらず、防潮林は單に津浪の勢力を減殺するに止る故、津浪防備策としては能ふ限り他の手段、即高地への移轉、防浪堤、護岸、防浪地区、緩衝地区等を併用せざるべからず。
 右は防潮林造成に關し常に念頭に置く可き事項にして樹種の選定に當つても、津浪のエネルギーを減殺するに適する樹種を選ばざるべからず。
 林木には耐潮力大なるものと防潮力大なるものとあり、茲に耐潮力大なりと稱するは其の林木自身の津浪に對する抵抗力並に快復力大なるものを云ひ、防潮力大なりと稱するは其の林木自身の被害は問はず、其の林木存立せしがために他の物體の被害を輕減せしむる作用顯著なるものを云ふ。津浪被害跡地を視察し、巨大なる黒松倒壞し矮小なるウバメガシ、ダンチクは些の被害も蒙らず靑々と生存せるは屡々遭遇する所なり。此の場合、ダンチク、ウバメガシは黒松よりも耐潮力は大なる可きも、黒松は其の倒潰せる事により津浪の勢力を幾分減殺せしめたる道理なれば、防潮力は大なりと謂ひ得可し。即防潮林の樹種には防潮力大なるものを選ぶ可きは言を俟たず、故に被害跡地に於ける被害少き樹種を以て、防潮林を造成するは必ずしも妥當ならず。
 然らば防潮力の大なるは如何なる樹種かと云ふに、樹體頑丈にして長大たる根系を有し樹高、徑級共に相當大なるものなる事を要す。即眞面に津浪を受け、自らは逃るる事なく、犠牲となりて後方被害輕減の任に當らざる可からず。此の見地より防潮林の主林木は黒松を以て最も適當とすべし。津浪の破壌、エネルギーの最も多く貯へらるるは波頭なる故、矮小なる灌木類は主林木としては不適當なり、此の點低い防波堤、護岸も同斷にして津浪は悠々と乗越え波頭のエネルギーを以て後方耕宅地を破壞流失せしむ可し。而して各地に現存せる護岸、防波堤は津浪の高さに比すれば誠に微弱なるものにして、津浪を完全に防ぐ防波堤を築設するは經費其の他の點にて不可能に近かるべく、是れ津浪防備策として防潮林を最も效果的となす所以なり。防潮林の主林木は黒松或は地方によりては赤松とし、副林木には海岸に自生する樹種、即ウバメガシ、ヤマモモ、トベラ、ニッケイ、マサキ、ツバキ、ハルグミ、ヤブニッケイ、タブ、ハマヒサカキ等を用ふ可し。ダンチクは耐潮力最も大なる故最前線に植栽すべし
4).防潮林型
 大津浪に於ては波の破壞勢力を減殺するは主として主林木なるも比較的輕微の津浪に於ては從喬木式の林木が偉大なる效果を發揮するは關西暴風津浪に徴して明なり。關西暴風津浪に於て海岸保安林の下木が偉大なる效果を發揮せるは三岐田町、日和佐町、宍喰町(何れも徳島縣)に其の實例を見たる所にして防潮林に下木の必要なる事を痛切に感ず。故に防潮林は黒松を上木とし、前項に述べたる常緑濶葉樹を下木とする二段喬林乃至複層林となすを最も理想的とす。
 然れ共海岸林に於ては現存せる上木下に、下木植栽の困難なる場合往々にしてあり。斯る場合には汀線と海岸林との聞に餘地あらば此の部分に新に森林を造成して全體として二段喬林の作用を發揮せしむるも一法なり。
5).防潮林の幅員
 津浪は其の勢力猛烈なるのみならず、地震津浪に於ては數回繰返すものなれば其の幅員は大なれば大なる程可なり。事情の許す限り廣大なるものを造成すべし。
6).防潮林の更新
 黒松の被害最も少きは胸高直径30~40cmのものにして海岸地方にては30~40cmに達するに約60年を要す、之より大となれば次第に折損、倒潰木の本數を增す、各地の倒潰せるものを檢するに
 (イ)樹冠の關係にて重心の位置正常ならざるもの
 (ロ)腐朽其の他の缺陷あるもの
 (ハ)直根缺如せるもの
斯の如き林木の缺陷は老齢となるにつれ多くなるものなる故一般に理財的伐期を超過したるものは適當なる時期に於て伐採除去するを要し、從來の如くに海岸保安林の大木を力めて残存せしむるは風水害に關する限り不可なりと云ふべし。
 老大木の被害特に顯著なるは徳島縣那賀郡里浦村、海部郡川東村にして、又高知縣安藝郡吉良川町にては前年海岸保安林の老大木を腐朽木の名目にて印付けして縣に伐採を申請せしが之を許可せざりしに今次の風水害により印付木は殆ど全部挫折、倒潰して他の林木に被害を及したり、將來は適當なる輪伐期(60年位)を定め帶状擇伐の如き方法1こより常に更新に心掛くるを要す。
7).床固式護岸の併用及砂丘造林(省略)