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はじめに

チリ地震津波は天災でした。太平洋を越えたはるかな国、チリで起つた地震が、24時間後には、八戸市をはじめ、日本列島の太平洋沿岸に、多々の被害を与えようとは、誰しも考えなかつたことです。
しかし、一度蒙つた災害に対しては、救助対策はもとより、完全な復旧から、今後のこのような災害を防止する方策まで、一連の方途が構ぜらなければなりません。そのための営みこそ、人間が自然と斗かつて獲ち得ていく文化だと思います。
この記録集作製は、こんなねがをこめて、5月24日の災害を振りかえり、今後の方途を構ずるよすがの一つにもと思つたからです。もちろん、こんな大きなねがいのほかに、記録写真としても貴重なものですので、保存をしていただきたいと存じております。どうぞ意のある所を諒とせられて、ご活用と、ご保存のほどお願い甲しあげます。

昭和35年12月1日
八戸市総務部庶務課長 佐々木正雄

資料

チリ津波合同調査班によるチリ地震津波踏査速報及び、八戸測候所発行「津波概報(異常気家報告6002)からの抄録による津波の一般概況と八戸市の対策及び被害

緒言

1960年5月24日チリ地震津浪は,本邦の太平洋沿岸の全域を襲い特に北海道,三陸地方に甚大な被害を与えた。
過去に於てチリ沖に発生せる津浪が,本邦に伝わつた倒は,明治以来数回あるがいずれも検潮記録に数10cm位の振巾が計測される程度で,破害を伴つたことがない。
我が国に於ける津波防災の研究は,昭和8年の三陸津波以来急速に発展して来たが,上記の如き事情から皆,これらの研究は日本近海に発生した津浪に関するものであつて今回の如き,所謂遠地津浪による災害の研究資料は皆無であり津浪研究の盲点でもあつた。
今回のチリ津浪と近地津浪を比較すると,遠地津浪は太平洋沿岸の実に広範囲に亘る地域に津浪現象がみられることと,周期が一時間以上のものがみられ,湾その他の地形による影響に著るしい相違がある。
又,過去の資料によると三陸沿岸と東南海沿岸の津浪危険度を同一スケールで比較することが困難であつたが,この遠地津浪の伝播は日本の太平洋全域に於けるエネルギーの配分を知る上に極めて重要である。
此の津浪はまた防潮堤その地の防禦土木施設の効果を再検討するのに絶好の機会で三陸海岸に於て極めて有効な働きをしたものもある。
この津浪の現地踏査のため文部省より総合科学研究費が与えられたので直ちに各大学,気象庁,水路部及建築学会の関係研究者の協力を求め,速かに調査員を現地に派遣し調査にあたつた。
(チリ津浪合同調査班速報「緒言」より)

波高の測定方法及び基準について

各調査班の波高測定方法は,特別な場合をのぞき,いずれもハンド・レベル,巻尺及び折尺を使用,測定値は各調査班司一基準に統一して整理した。
次にその方法を記述する。

(1)測定対象及び信頼度

波高を測定する対象は,家屋,構造物などに附着した泥,油などの痕跡(測定点附近における同一水面にある痕跡で,最高水位にあるもの)を,そのときの海水面を基準にして測定する。
その他砂浜においては,色の変つた痕跡とか,ワラゴミなどの浮遊物の打ち上げ跡,或は津浪が護岸面にも達しなかっだ所では目撃者から当時の最高水位をききこみ,前と同様に測定時刻の海水面から指示された最高水面までの波高を測定する。この際,最高水位は,ジワジワ盛り上つた水面で,護岸などに打ち上げられた波は除く。
次に測定値の信頼度は,測定に際し,痕跡の明確度と測定誤差の大小により,3階段に基準を規定した。

A:信頼度大なるもの,痕跡明瞭にして,測定誤差最も小なもの
B:信頼度中なるもの,痕跡不明につき,聞きこみにより,周囲の状況から信頼ある水位を知るもの,測定誤差小
C:信頼度小なるもの,その他砂浜などで異状に波が,はい上つたと思われるもの,或は測点が海辺より離れ測定誤差が大なるもの。

従つて測定値の精度は,ハンド・レベルの使用と,そのときの海面の模様などからプラスマイナス10cm程度の誤差は免ぬかれない。
なお附図に示した観測点の記号は上記の信頼度規定に従い次の通り。

二重丸 検潮記録の読み取り値
大丸 信頼度の大なるもの(A)
小丸 信頼度の中くらいのもの(B)
中丸又は括弧丸 信頼度の小さいもの(C)
丸にバツ 他機関の測定によるもの
丸 地名
波高単位 m (T.P.上)

(2)波高の基準について

波高の基準面は,測定点に近接する検潮所の記録上の東京湾中等潮位面(T.P)を基準として求めた。
即ち,右図の如く

a:測定地
b:観測潮位

求める波高
h=a+b

以上の方法により,各調査班は同一基準で波高を求めた。
然し検潮所によつて,上記T.Pとの関係が明らかでない所では,その記録の平均海水面を基準とする。
又,測定点が二つの検潮所の中間に位置するときは,夫々の検潮記録のT.Pを重ね合わせ,観測潮位は右図の如く,A,B検潮所の距緑に比例配分して補正潮位を求め,波高を決定する。
その他,測定点に近接する地理調査所,県などの水準標石(B.M)及び港湾の工事基準面を基準としたものもあるが,その場合は,但し書きを明記した。(羽鳥)

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波高の求め方(1)
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波高の求め方(2)

調査報告

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地図 青森,宮城間(東北大)
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観測点

青森県上北郡百石町

川口(奥入瀬河口付近) 河口は北東に向いており,外洋側は砂堤状,内陸側は平坦な砂地で,河口付近に高さ約25mの堤防がある(別図参照),浸水地は河口から約/30m離れた地域にまで達し,流失家屋及び全,半壊家屋は10数戸に及んでいる。最高波来襲時は05hから07hであつた。昭相8年の三陸津浪のときより1m位高かつたという聞き込みがあつた。

青森県八戸市

中平(側点 No.6) 海岸線から約20mの所に比較的傾斜の急な砂堤がありり,そのうしろは,防潮林を含め約300m位が殆んど平坦な低地で田畑になつている。この附近は明らかに浸水の痕跡が見られるが,波高の推定は困難である。防潮林の後部約100mの畑の中に長さ約10mの漁船が打ちあけられていた。これは防潮林のすぐ後部に置いてあつたものである。
漁師の話 04h過ぎサイレンを聞いてわかつた。1回目は砂堤を越え,2回目は防潮林の所まで来たが(時間不明),この頃は引くのが速かつた。3回目(07hから08h頃)最大波が畑まで来た。引くのは遅く,だいぶ長い間たまっていた。

橋向(5戸川河口) 河口附近まで川面上約3.6mの土手が伸びており,この土手の上まで達したようである。浪は第1の防潮林を越え,第2の防潮林をも越えたことは確かであり,第2の防潮林の背後約50mの所の家屋は軒下まで浸水していた(海岸からは約300m)。家の生垣の変色している所は,地面から約1.6mで,前記の五戸川土手より20から30cm低い程度である。この附近での住家,非住家の破壊は4戸,床下浸水は90戸に及んだとのこである。

三角地工業地帯 馬淵川河口附近を埋めたてて流路を変え,旧流路は工業港となつて新井田出口に続いている。工業港の外洋側が三角地工業地帯で,東上電力八戸火力発電所及び変電所と日曹製鍋八戸工場がある。三角地の外洋側には,海岸から約70mの所に高さ約5.3m T.P.(火力発電所の説明によれは,6.5m H.P.であり,これは5.7 T.P.に相当する)の砂堤に囲まれた火力発電所の灰捨地があり,この土手を辛うじて浪が越したこと思われる痕跡が数ヶ所あつた。また土手の傾斜面には,打ち上げられたゴミの列が数段になつて明瞭に残っていた。また,この砂浜に鮫から流れて来たと称せられる漁船1隻及びパイプ数本が標着していた。この灰捨地のうしろは公安林でここは浸水はしたが大したことがなかつた模様である。三角地工業地帯への浸水は,外洋側からより,工業港側から岸壁をのり中げたものと認められ,日曹製鍋の護岸は10数m決潰,この付近は泥海と化した。馬淵川の土手の三角地側に道路上から約1.2mの極めて明瞭な痕跡が残つていた。工業港の奥には,50から60隻の漁船が上架されてあつたが,津波の渦に巻き込まれ,殆んどが破損した。
東北電力八戸火力発電所技術課 戸部省三氏の話 朝会社からの電話で05h40m頃出社したが,その頃既に構内に浸水していた。途中馬淵川の土手を自転車で来るとき,馬淵川を白波を立てて水が逆流して行くのを見たが,これは第3波(八戸測候所検潮儀による05h14の浸,最高波)によるものらしかつた。06h31mから07h03mに至る引き浪の間に対岸の第2魚市場の岩壁が決潰するのを見た。日曹製鋼との境界付金の決潰は,その後の引き浪によるものである。浪は津浪が押し寄せて来たという感じではなく,じわじわと岩壁を越え侵入した。押して来る時,下水道中の空気が圧縮された為にマンホールの蓋がとび,3m以上も水を吹き上げてそばへ寄れなかつた。津浪来襲時も工業港には余り多くの浮放物は認められなかつた。
尚,火力発電所で撮影した写真多数及び同所で測定した当日の水位表を頂いた。水位は,工集港側の荷揚岩壁(この高さは正確に分つている)に置いてあるアンローダーについてある水の痕跡をその都度測定しだものである。時間は07h30から19h20mまで。これによると,新井田川河口にある八戸測候所の検潮記録とはだいぶ違つている。

小中野 新井田川の田湊橋から第2魚市場に至る一帯は,護岸上に打上けられた漁船,漁船同しの衝突で破損しだもの,打ち上げられた漁船に押しつぶされた家屋など損害著しく,新井田川護岸からの浸水により,床上,床下浸水の家屋は100戸に及んでいる。特に第2魚市場は,工費1億5千万円で,昨年8月30日竣工したものであるが,この岸壁が殆んど全区域にわたって決潰,殊に排水口の開いていた部分は完全に破壊してしまつていた。これは,新井田川口から侵入した浪をまともに受け,引き浪によつて底からえぐられたものらしく,調査当日(5月29日)もなお決潰しつつあるこがチヨークで記されてあつた。
柔魚釣魚業協同組合災害対策本部,久保保三氏の話 04h少し前頃,高潮か何かが来て船が危険のようだつたから見に来てくれと若衆が呼びに来だ。すぐ浜へ出て見ると(氏の住居は大沢付近),普通なら青々としている海が,どす黒い感じで何かと常と様子が違つていた。04h頃から潮が引きはじめ,ぐんぐん引いて行った。地震もないので変だなと思つたがとに角も津浪だと判断しだ。保安部のサイレンがなるのが聞え,それから20分位して第1波がやつて来た。第3波が最も大きかつた(海上保安部での話によると,蕪島突堤近くにあつた巡視船「くま」がサイレンをならしたが,04h08m頃,保安部でならしだのが04h10mである。また,新井田川河口にある検潮記録では,第1波は03h36m,第2波は04h25m,最大の第3波は05h14mであるので,時間の点は多小疑問である)。04h30m頃船を沖に待避させるようにとの命令が伝達された。漁船の多くはエンジンの整備中であつたし,しかも水がだいぶ引いてしまつていたので殆んど動けなかつた。浪が引いたときは,新井田川河口から外洋に出ている防波堤の下までも見えた。新井田川を押し上つて来るときは,泥水のようになつて渦を巻き,音もなくもりもりと上つて来た。引くときも渦を巻き,共に相当速く,駈け足しても追いつけない位である。ワイヤーで結びつけた船は浪にまかれ滅茶苦茶だった。繋留する閑がなく,橋にも衝突しなかつた船が浪と共に沖に持つて行かれ助かつた例がある。一万頓埠頭建設に使用していたパイプが三角地や鮫港の方にだいぶ漂着しているようである。

白銀(三島川付近) 三島川は海岸線から約300mの所に真水の湧出口があり(飲料にもなつている),そこから巾約2mの川となつて海にそそいでいる川である。この辺は近接地に較べ砂浜が広く低地となつてるため被害が大きぐ,浪は湧水口のうしろの高さ約4m(海面上)の補装道路を越え,国鉄八戸線の手前のところまで浸水し,小路には小さい打上物を多数遺棄した(近所の人の話)。殊に川の流域は殆んどが流出或は全半壊し,その数60数戸,浸水家屋は1000戸にも達している。

鮫港付近 この付近の民家は殆んど八戸線後部の高台にあり(八戸線までは浸水していない),低地にあるのは会社関係の冷蔵室等倉庫等で,流失や全,半壊等の家屋は少ない。鮫港内の水深は4から7mであるが,最大引き浪時は,多くの個所で底が見えたという事である。港内の魚市場の柱の壁が護岸上約2.5m位の所まで崩れていた。

無島付近 この付近の浸水状態は,八戸海上保安部提供の写真を見れば一目である。この地区にある同保安部及び八戸港工事事務所は著しい浸水を豪つた。蕪島突堤に繋留してあつた保安部の巡視船「くま」が引き浪のために傾斜し,04h08mサイレンをならした。保安部は「くま」からの報告を聞き,直ちに警報のサイレンをならした。これが04h10mである。
八戸消防署鮫出張所 西館末蔵氏の話(同出張所は,保安部裏の岡の上にある。) 04h30m頃引き浪が大きく,蕪島突堤と内防波堤1号に囲まれた部分の港内(深さ3尋位)の水は殆んどなくなり,海岸から約1000m離れた所にある沈船防波堤の底まで見えた。三陸津浪のときはさかまいて来たが,今度の津浪ではそのようなことはなく,全体として海水面がじわじわと盛り上つて来るという感じであつた。鮫港の西に建設中であつた1万頓埠頭の所にあつた浚渫船霧島丸が流され,蕪島突堤を前後したあと,強い引き浪によって蕪島と北防波堤との間を通過し(ここは普通は小漁船が辛うじて通れる程度である),約2km離れたえびす浜に打ち上げられた。
尚,同消防署望楼で目視観測した津浪の押し引き時は次のよう(表)である。
内防波堤1号付近に設置してある八戸港工事事務の検潮儀(フース型)の記録は,T.P.から2.50m以上及び-1.00m以下がスケール・アウトしている。T.P.で1.5m以上及び-1.0m以下の浪の押引時は次のとおり(表)である。

種差 此処で死者2名を出した。この付近の海岸は岩石で,すぐに急な傾斜となり,その上は平坦で綺麗な野生の芝生が生えている。漕難者は,早朝,海岸に打ちあげられた海草類を採るため海岸で仕事をしているうち浪が引き,それを干潮によるものと誤認してその次の押し波が引くときの勢いで流されたということである。
橦差小学校にてPTA会長ほか5人のPTA役員の方々の話 03h20m頃海岸に仕事のために出た。03h30mから04h少し前位までは引いていた。4h30m頃の引きは大きく,その後05h過ぎに大きな波が来た。最も引いたときは,4尋の深さの海底が見える位だつた。押して来るときは,たらいの水を傾けてまた元に戻したとさのような感じでじわじわと上つて来た。押し上つてから2から3分位はその侭でいて,それから引いて行くような感じである。押しより引きの方が多小速いが,ずっと速いという程ではない。
南浜中学校(大久喜)の女生徒(漕難者の1人は同中学校の女生徒で,この生徒も当時同じ所にいた)の話 04h30m頃(余り確かではない)海岸に行った。海藻採りをはじめてから間もなく水が増えて来た。すぐ引くだろうと思つだらどんどん増えて来るので大きい岩にしがみついた。この波が引いて行つたとき近くにいた人に俸を出して貰つて助けられた。それからは家に帰って何も知らない。

法師浜 03h40m頃海の様子がおかしいのに気がつき岡の上から見ていた。最初は引きで,04h20m頃寄せて来た。05h15m頃に大きい波が来た。海の中に見える岩が丁度かくれる位の高さだつた。寄せて最高になつてからかえるのには30分位かかつたようであつた。白波などは立たずじわじわと寄せて来た。引いて行くより押して来る速度の方が速かつたような気がする。波は北方(海岸線に直角な方向)から来たと思うが,じわじわと上つて来たのでそうはつきりとは分らない。大さい漂着物は殆んどなく,家も全然浸水していない。

大久喜 大久喜は,海岸から70から80mの所に岩があり,海岸は10数m位の砂地を経て芝生の高台になつている。当時の模様を話してくれた人は,その高台に住んでいる漁師で,当時は家の裏手の更に高くなっている所で見ていた。
漁師の話 貝拾いのため03h過ぎに起さ海の異常に気がついた。その後一度水が引いてから砂浜の上に寄せて来たので津浪だと気づき,うしろの岡の上に逃げた。05h過ぎに一番大きな波が来たが,その前には向うの岩山との間の水が殆んどなくなる位ひいた。また少し北の海岸線から60から70間位の所に,干潮のときでも水面下10尺位の所にかくれている岩があるが,それが水面10尺位上に見えた。一番大きい波が来たときには,正面の岩山は八分通りかくれてしまった。昭和8年の津浪のときには,庭の前の所に鰯のカスをしぼるたまを40位置いたが,そこには水かチヤプチヤプ来る程度だつた。今度は庭先を流れ去り,むしろを20枚位とられた。

以上,八戸市調査に当つては,市役所,消防署,測候所,海上保安部,八戸港工事事務所並びに東北電力火力発電所の方々に非常に協力して頂いた。

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地図 波高 八戸市
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地図 来襲時 八戸市
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東北電力八戸火力発電所による水位測定(痕跡)
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八戸消防署鮫出張所望楼で目視観測しだ津浪の押し引き時
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内防波堤1号付近の検潮儀(フース型)による押引時

宮城,岩手,青森県下の土木災害について

宮城,岩手,青森県下の土木災害について
東京大学工学部 堀川清司
鮮干 ■

1 はしがき

われわれは特に被害の著しかつたと考えられる三陸地方を踏査し,特に土木災害に注目し,その災害の状況から津波の特性,並びに津浪対策工事のあり方につき資料を得ようと考えた。踏査区域は石巻存志津川,気仙沼,(以上宮城県),陸前高田,大船渡,釜石,両石,大,船越,山田,宮古,田老,久慈(以上岩手県),八戸(青森県〉並びにその近傍である。従つてその他の地万の状況は明らかでなく,あるいはここに述べる事柄には三陸沿岸の局地的な特性が強く表わされているとも考えられるので今後各地の状況についても検討を加える必要があると思われる。

2 土木災害の諸例

ここにはわれわれが視察した土木災害の諸例を簡単に説明することにする。

(1)橋梁災害

津浪が河川をさかのぼつて木橋を押し流した例は各地に見られるが,漁船の衝突によって生じた被害も無視出来ないようである。また石巻市内万石橋のように昭和27年の津浪により,基礎の堀られた所を捨石して補強した部分は被害なく,前回補強を要しなかつた部分に万石浦えの流れが集中したことも原因して洗掘が進み,津浪襲来後1.5mにも及ぶ沈下を起した例がみられる。

(2)岸壁災害

岸壁の災害で一きわ注意をひいたのは,鋼矢板岸壁の倒壊である。一つは大船渡一万トン岸壁につらなる部分であり,地の一つは富士製鉄釜石製鋼所岸壁である。何れも前面の洗堀と長時間あるいは何回にもわたる津浪の襲来のために,土が水により,大きな動水勾削が生じ,土が矢板の先端を通つて抜け出て崩壊しだのではないかと推則される。根入れの重要牲に併せで長時間浸水した時の土質の変化についての考慮の必要が痛切に感じられた。また施工の不良のために矢板の隙閥から裏込土砂が吹き出した事実もあるのではなかろうか。特にコンクリート矢板においては顕著と考えらわる。
次に重留式物揚場として,釜石にての裏込の吸出しによると推測される天端の沈下や,八戸市魚市場においての,津浪浸入に伴う航路の深堀れに伴う物揚場前面の深堀れが原因となつて完全に倒壊した例がみられる。

(3)道路護岸被害

道路護岸の被害状況は各所に見られ,波返し及び壁体の前面への倒壊路版の浮き出しが目立つて。土は飽和して流出し易くなり,一方引き波により裏よりの水圧作用が前面洗堀とも相候つてか,破壊に導いている様子が各所で認められた。この場合に譲岸背後地の貯水面積の大小が顕著な破壊に至るか否かに大きな影響を持つている様にも思われる。今回の様に長い周期の津波によつては,上記の様な現象を呈する事は注目に価する。しかしながら護岸に働く外力として前面より受ける波力は当然考慮すべきであろうし,三陸津浪の様に周期の短い津浪の場合に前面に作用する動的な力も無視することは出来ないと考える。
大槌町の道路兼防波堤は崩壌するには至らず,その役割は十分に果したが,越した水が噴流の様にして斜面を洗い,場所によつては2m近くも深掘れしているのが認められた。しかしそのすぐ背後の家の被害を受けていない事,また防波堤の前面に小屋があつた所では,被害をまぬがれている等誠に興味深い。
その他船越の北,山田湾に面した所の石張り護岸の被害は維時の不備な個所から破壊された模様である。

(4)防潮林の被災

最も顕著な被害は陸前高田の有名な松原の被災であり,昨年10月に筆者の一人はこの地を訪れたのであるが,様相の一変に一継した程である。松原の中央部に気仙川旧河口に溢流堤がつくられ,松原の奥行が浅く,かつ松の木自体も他に比して小さかつた様であるが,この弱い箇所に力が集中した感があり松原が切れ,潮の出入り激しく深い所は,-6mにも逢したという。
防潮林の津浪に対する幼果については,われわれとしても極めて関心が深いわけであり,その効果,例えば船,流木等をくい止め,また周期の短い津浪に対して,エネルギーを減殺する効果はある程度期侍しうるにしても,浸水を防ぐことは望むべくもなく,特に長い周期の津渡に対しては然りである。従つて間接補助的な作用を期待しうるのみであり,その上高田松原の現実も念頭におくべさと考える。

(5)その他

防波堤ケーソンの傾斜,ブロツクの流失,埋立護岸の破壊あるいは航路の埋没等の被害が見られる他に,流木あるいは船舶による家屋の破壊等の現象も若干見られた様である。伊勢湾台風高潮後大きく取り上げられている貯木場あるいは製材場内の木材の貯留については相当の考慮が払われねはならぬ事を感じた。
猶防波堤に津浪のように非常に長い波に対して何程の効果期待し得るかは明らかにすることが出来なかつた。例えは両石港においては,漁師達は防波堤が少しでも伸びていたので,津浪の力を畿分でも反射させたから招和8年に比して低く,被害も軽微であつたといい,広田港,長部港では坊防波堤が出来たので却って高くなつたと称しているようである。研究されるべぎ課題の一つである。八戸の港において浚渫船が引き波により流され座礁したが,その時の速さは目視の結果,10ノット位はあつたのではないかといわれる(八戸港工事事務所長
談)。

既往の津波対策

三陸沿岸は明治29年,昭和8年と大津波に襲われ,殆んど壊滅にひんした部落が各所に見られ,死者の数のおびただしく,よつて津浪対策が現地においては死活の問題として取り上げられて来た。例えば(1)警報伝達組織の完備,(2)住家の高地への移転,(3)■■道路の建設,(4)退避訓練の実施,(5)防潮林の植林,(6)防浪堤の建波,(7)防潮壁の建設,(8)特に港湾では海に面した部分に永久構造物を建造する等々,各種の対策が取り上げられ,実施に移されて来た。しかしながら,東北の僻地であるために投資効果が低い事,非常に稀にしか(例えば30年に1度)津浪の被害が起らないこと,生業の便益の為に次第に元の低地に移り住む等々の理由によって,殆んど無防備と云つても過言でない状況にある。
しかしながら例えば吉浜や田老の如く,見るからに雄大な防浪堤が建設され,末永く町村の住民を津浪から守つて行くであろう箇所も数斥いが見受けられる。今回の津浪に対しでは吉浜の防浪堤は見事にその機能を果たした。また山田町の街中には防潮壁が建造されているが,特に漁港,港湾区域で港の機能の上から海岸に高い壁をつくり得ぬような所で採用しうる一方法であろう。岩手県下においては,宮古湾奥の赤前,津軽石,高浜には海岸堤防の建設が計画され,一部施工を見,また普代に対しても防■計画が進められていると聞く。これを機会に国として恒久の対策立し,根気よく実施に移される事を期待したい。
しかしながら,津波対策は技術的にも■い難い困難に直面している。つまり,この地点に何程の高さの津浪が襲う可能性があるか推断する事が出来ない点である。一応構造物の高さを決定するにあたつては,既往の津浪に対して越えない十分な高さを構造物が持つているとしても,津浪の規模を予測し得ない現状においては,絶対に越えないとは何人も断言し得ない。よつて,最善の方法は退避すあり,ゆめゆめ防浪堤を過信してはならない。三陸沿岸の津浪常襲地の住民は津浪に対して極めて敏感であるが,稀にしか起らぬ事と相俊つて,油断があつてはならず,技術者としても構造物の耐えうる限度を明らかにし.かつ住民に衆知させる必要があろう。漁業をもつて生活の糧とする者の多いこの地方においては,被等の生活の真情をよく理解し,その上に立つて高地移転なりの具体的処置を講じて行かねば,遂には有名無実の施策に帰する惧れれも多いと考えられる。その他,鉄道路線の築堤も津浪襲来の時には効果的な防浪堤の役割を果している事が各所で認められた。
本調査を実施するにあたつては,宮縞,岩手,青森の各県並びに運輸省第二港湾建設局その他多くの箇所を見る事が出来た
ことを深く感謝する次第である。なお,本論査は東北大学岩崎教授と行を共にして行われたことを付記する。

八戸測候所発行 津波概報(異常気象報告6002)から

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検潮所分布図
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八戸 水位

太平洋沿岸の津波来襲状況

午前3時15分頃八戸測候所検潮儀には第一波を記録し,特にこの方面の低地帯である鮫,白銀,小中野などの海岸寄りの人家が床上浸水を受けた。
その後約35分位の周期で2m位の津波,5時14分頃には第3波として最大振巾5.8mを記録し(平内潮位面上2.95m)この時において大きな被害を出した。その後,海面状態は無気味な暗黒色を呈し次々に来襲し,27日まで続く長時間のものであつた。
しかしこの津浪は,24日午前7時以後は単に海面の昇降状態が続いただけだが,だだ新井田川河口ではその後も波の動きが顕著にみられた。
又,引きが強く来襲は概して引きに比しかんまんであり,引きの時はザザーという異常音を発しており,底が見え両岸はすつかり水枯れの状態となつた。特に第3の引きはひどく,薪井田川の中央部のみ流れがある状態で鮫港にある沈船防波堤附近は上げ潮と引き潮の際は大きな渦潮がまくという始末であった。
八戸港は明治29年.昭和8年の両津波においては,第2波が最大振巾を示しており,今回は第3波であつた。
なお,この津波記録は27日午前4時の振巾70cmを峠に次第には常に復しつつある。

警報並びに情報の発表情況

仙台管区気象台発表

5月24日
津波警報(5時15分中継)
主文 ヨワイツナミヨン
この津波は23日04時15分のチリの地震によるもので,今日一杯続き,高い所で3から4米となる見込み。

6時38分
津波情報第1号
昨日4時15分頃チリに地震があつて,このため太平洋沿岸に津波が起きています。この津波は今日一杯続き,大きい所では4から5米に達する見込みですから厳重にに警戒して下さい。

5月25日
4時40分 警報解除
主文 ヨンクケイホウカイジョ

八戸測候所発表の情報

24日5時00分発表 津波警戒発令
3時15分以後当地方に原因不明の異常変潮が起きており,相当の被害が起きておりますので充分警戒を要します。

21時30分発表 地区情報
本日24日早朝当地方に被害をもたらした津波は、尚現在も続いている状態で、振巾も100−150糎となつております。このような状態は今後もまだ続く見込みです。尚今朝8時20分頃に同じ地域に余震が起きておりますが、今のところ、この地震に関しては気象庁でも津波はないと観側しております。人心も動揺しており、流言も相当に飛んでおりますので、このようなことのないよう願います。

23時00分発表 地区情報
先程もお知らせしましたように、今朝からの津波は続いておりますので、明朝の満潮時2時から4時にかけ、一時高まるおそれもありますので、この時刻頃には沿岸の方々はご注意願います。

太平洋岸の被害概要

八戸地区を中心に上北地方および三陸海岸沿にに久慈地方に至る沿岸の津波襲来並びに被害の概略は次のとおりである。
上北地万小川涼治東海岸砂ケ麻鄙洛から南の万に一川目部洛まで単純な海岸線であるので津波による被害は軽微であつた。これは防潮林が海岸線に沿つて走つており、略この防潮林で浸水が止つており、最も水位の高い四川目部落で地面から150糎、その他は50糎程匿である。
被害も床下浸水数戸と、磯舟若干が中小破した程度であります。
これは昭和8年3月3日の三陸津波の場合とは津波の来襲状況が異なる点によるものと思われる。被害の大きかつた百石町川口部落は奥入瀬川河口付近であり、河口は北東に向つている。ここでは流失、倒壊家屋は住家、非住家合わせて15戸にものぼり、床下浸水家屋及び浸水家屋(床上20糎)合わせて28戸あり、八戸地区に次ぐ被害を蒙つている。
流失家屋は河口から150米位離れた低地にあり、水位は地面から2米位である。
八戸地方は被害も甚大で、湊地区では新井田川流域にある工業地帯や民家は殆んど床上浸水で、地面から130から180糎の水位を示している。特に漁船の被害は大きい。白銀地区は民家の被害が一番多く、流失(4戸)澄よび倒壊は住家、非住家合わせて200戸に達し(その他は殆んど床上浸水で惨憺たるものであつた。水位は地面から180糎位となつている。
鮫地区は埋立地から魚市場付近にかけて、比較的大きな建物であつたため、被害はまぬかれ、僅かに流失(1戸)倒壊は非住家が主で数戸に留まつている。しかしほとんどが150から180糎の床上浸水で、特に埋立地は物資の集積地であつたため、漂流物の氾濫がひどかつた。
鮫地区から久慈地区にかけて、海岸はいわゆるリアス式海岸で場所によつて水位の高まうに差異が認められた。即ち、湾口が北向きの所が水位の上昇も大きく、南東向に比べて倍以上の水位を示している。この地域一帯の住家は直接海から押し寄せた津波による被害は少く、河川の逆流による浸水で、これは三陸津浪の教訓を生かし住家は高地に移つたこと。港には防波堤を作つたこと、などから、被害は非住家(漁具小屋)の流失程度となつている。また船舶では盛漁期前であつたので磯舟の流失は僅かに10隻、小型船3隻その他漁網となつている。

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チリー地震津波第一波到達時刻図
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八戸市被害地域図

市の処理

1 対策本部の設置

市が津波警報を受付けたのは,24日午前5時16分であつた。市長は直ちに関係部課長の非常召集をおこない,災害救助対策本部を設置するとともに救助隊の編成と出勤を命令し,市長自身は,災害地の状況視察に赴いた。時に,午前5時40分である。また編成された対策本都の機構は次とおり(図)である。

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2 避難所の設置

ついで午前6時30分,県に災害状況の報告を行なうとともに,避難所を鮫小学校など11ケ所に設けて被災者の救護に当つたが,24日より31日までの避難所の状況は次のとおり(表)である。

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避難所の状況

3 災害救助法の発動

市では,被害戸数及び被災市民の範囲が広範に及んでいる実情にがんみ県に災害救助法の発動を要請した結果,午前8時25分同法が発動され,同法にもとづく救助活動が展開された。また,南浜地区では行方不明2名という情報が伝えられたので,同地区の実情調査のために調査隊を編成し,7時にこれを出発させている。
一方,三島ボンプ場が被災し,給水不能となつたため,白銀地区をはじめ,同ボンプ場による給水地区の水道が止まり,また浸水井戸水使用による伝染病発生のおそれも多分にあつたので,タンク車,消防車による給水を開始した。時に午前8時であつた。また,教育委員会を通じて,被災地区小中学校の臨時休校の措置をとるよう要請しRAB,NHKのラジオにより,これの徹底周知を図つたのが,午前8時10分である。
陸上自衛隊の出動については,避難確保の必要上,午前8時40分これを要請した。同9時30分800人編成による出動を見,被災地区の警戒に当つたが,この警戒を解いたのは,24日午後8時である。
市内浸水戸数及び人口は下記のとおり。

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市内浸水戸数及び人口

4 中央への状決報告

午前9時30分,被害の綜合的な状況が判明したので,地元選出衆参議員及び関係官庁へ,電話または電報で情況報告を行つた。
その後,関係各課で検討した結果,次記による「チリ地震津波災害に関する陳情事項調」がまとまつたので,5月25日,関係部課長が上京し,関係各省への被害報告と復旧についての陳情を行なった。また,披害写真を国会議員会舘に掲示し,災害状況を国会議員に訴えるよう措置したが,これの掲示方法については,後日次の点が指摘され今後の改善方が要望された。
1 写真面に現われた悲惨な場面にのみ頼りすぎて,効果的な配列等の考慮が不足していたこと。
2 説明文についても,もつと配慮されてしかるべきこと。
3 写真(四つ切)が小さく,今後はもつと大きな版を使用すべきこと。
4 掲示の時期について,他県に比して遅れたこと。

チリ地震津波災害に関する陳情事項調

(土木港湾課)

1 八戸港湾建設計画のうち北防波堤から新井田川口まで延長1470メートルの西防波堤を本年度中に着工して,3ヶ年で完成すること。
2 舘鼻下から三島川口まで延長1350メートルの海岸防潮堤を早急に築造すること。
3 小中野漁港物揚場の応急工事の即時着工と復旧工事を早期完成すること。

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資料(土木港湾課)

(教育委員会)

1 天然記念物蕪島うみねこ繁植地の災害復旧費(約435千円)については,全額の国庫補助をすること。

(農林課)

1 耕地の土砂埋没等に対する復旧対策を早急に講じ.小団地にも特別の助成をすること。
2 海岸防風林,防潮林(市川329ヘクタール,白浜269ヘクタール)の全面的な復旧対策を樹立し,県の責任において速やかに実施すること。
3 種苗,生産資材等の購入については,あつせんならびに補助をすること。
4 被害地域の家畜(特に豚)の予防注射ならびに畜舎の完全消毒を無料で実施すること。
5 被害農家に対する営農資金の早期融資をすること。

(商工課)

1 被害商工業者(主として中小企業)に対して,早急に復旧資金の特別融資を促進すること。
2 災害復旧用木材(漁船,水産加工業,その他漁業用)の払下げを促進すること。

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資料(商工課)

(庶務課)

1 災害による市の財政需要に対して特別交付税を増額すること。(陳情先 県 自治庁)
2 災害復旧事業の「つなぎ資金」の特別融資をすること。(陳情先 財務部,財務局,大蔵省地方資金課)
3 災害関係の起債枠を増額すること。(陳情先,大蔵省,自治庁)
4 災害復旧事業の市負担額が1件3000千円未満のものも,起債が充当できるようにすること。(陳情先 大蔵省 自治庁)
5 災害関係法令の異なる事業についても,一括して起債が充当できるようにすること。(陳情先 大蔵省 自治庁)
6 公共土木港湾施設等の災審復旧事業費については,高率の補助をするよう特別立法をすること。(衆,参両院)

(水産課)

1 漁港について
(1)魚市場その他漁港施設(陸域)保全のため直ちに仮護岸工事を実施されたい。
(2) イカ,サバ,サンマ,マグロ旋網等各種漁業の盛漁期に聞に合うよう漁港の恒久的復旧工郁を本年8月宋頃までに完了されたい。
2 魚市場復旧について
(1) 不足財源の補填と復旧事業費充当のため約3千3百萬円の起債を特別に許可されたい。
(2) 前記の起債については,元利の補給をされたい。
(3) 起債元利償還金を大巾に延伸されたい。
(4) 短期融資について特段のご配慮をされたい。
3 漁港臨港鉄道について
(イ) 漁港,魚市場復旧前においても,鮮魚の積込み作業を行なうこと。
(ロ) 漁港,魚市場の復旧資財搬入のため鉄道は早急に使用できるよう直ちに復旧工事を実施されたい。
4 漁業者および水産加工業者の災害復旧のため,特別立法をもて復旧資金を融資されたい。特に零網な業者にたいして(イ)補助金の交付,(ロ)利子の補給,(ハ)利率の軽減,(ニ)債還期間の延長等について配慮されたい。
5 信用力の薄弱な水産関係業者の復旧資金に当つては,公共団体および関係団体の保証等によつて迅速に実現するよう考慮されたい。
6 漁船修理資材その他の復興資材を直ちに斡旋されたい。造船材原木および魚函用原木の特売を要請する。
7 大型巡視船の配備について

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資料(水産課)

(都市計画課)

1 市内柳町にある国鉄八戸線陸橋(巾員4.3メートル高さ3.4メートル)を巾員11メートル,高さ5メートルに拡張すること。

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資料(都市計画課)

5 伝染病予防法の発動

市では浸水による汚物流出等の状況から,被災地区の徹底的消毒によつて,伝染病発生を予防するため,午前11時25分,県に伝染病予防法の発動を要請した。県は同日直ちに翌25日より29日に至る5日閥,同法を発動する旨の回答があり,市では以下のとおりの防疫活動を開始した。
A 防疫対策機構
本部 情報蒐集班,清掃消毒指導班,検疫班
B 伝染病予防に要した経費1138447円
C 防疫作業の状況

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防疫作業の状況

6 25日以後の対策

25日復旧対策の会議を開き,大略次のことを検討協議した。
A 海上保安部関係
港内外の清掃,港内の整理,沈船の確認及び被害調査
B 市関係
丸a 被害状況調査
被災者状況調査,資料の蒐集,工場その他の被害状況調査
丸b 避難者救護対策
住宅のあつせん指導,食糧の供給,避難所の存続について
丸c 被災地域に対する給水について
これについて,自衛隊タンカー(4台)及び青森市からも給水車を借用して給水に当つた。
丸d 防疫対策(これについては前項丸5参照)防疫活動については,自衛隊の応援を求めた。(36人)
丸e 道路交通対策
小中野魚市場付近及び小中野舟見町一帯の障害物除去。
丸f 生活困窮家庭の救援対策
丸g 公共施設の災害復旧対策
丸h 上水道復旧対策
丸i 警戒態勢について
丸j 中央対策について
以状の協議により,25日からそれぞれの活動を,はじめたが,この間特に陸上自衛隊の協力には感謝いたしたい。

7 被害の状況

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被害総額
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1 港湾土木関係内訳
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2 水産関係内訳
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3 鉱工業関係内訳
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4 農林関係内訳
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5 一般関係内訳
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6 水道関係内訳
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7 その他の内訳

8 見舞金と配分の状況

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見舞金と配分の状況

9 災害状況視察団の来八状況

A 総括表

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チリ地震津波災害状況視察調
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チリ地震津波災害状況視察団一覧表