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嘉永七年寅六月四日 大津浪記録

(表紙)
嘉永七年寅六月四日
大津浪記録
所有者 牟?郡奥熊野嘉田村 大川平吉
書者 同所庄屋 大川伝七


嘉永七寅六月十四日夜八ッ半頃大地震にて諸国大破、当所でも同様にて、田畑ノ荒レ山崩レ大手猪鹿垣并ニ家蔵納屋雪隠等、ゆり動し、諸人逃廻り、浜辺ノ人家ハ津浪を恐レ、鄕き所ノ家納屋へ家財喰物等を持運び、五・七日も見合せ居候得共、津浪ノ氣品も無之皆々安心致シ、又々我家へ家財等持帰り、所々大破ノ場所取繕ひ、村方には人足にて大手猪鹿垣破損等直し仕居候処、又候、十一月四日昼五ッ半時(午前九時)大地震にて諸人驚き居候所、俄かに津浪来り、何方も命からがら着の侭にて、鄕き所へ散乱し、漸く助命致ス。
昔し宝永四年亥十月四日ノ大地震津波ノ節ハ、地震ゆりしづまり飯の一鍋のたく隙も有之候てより、津浪来ルと承る。
之度の津浪は地震の内に直様浪来り、何ノ隙もなく只夢見し如くうろたへ廻り、夫故怪我人も多し、流死等も有之候、庄屋先にて、十一月一日より田畑遺取勘定ニ取掛かり、頭立ノ内、貞次郎殿与八郎殿、專征門殿、忠兵征殿、庄・肝■(上に前、下に火)共七人にて三日ノ日迄、遺取を仕舞、四日早朝御上納免割勘定へ取掛り、諸帳面不残座敷へひろげ勘定仕居候処、五ッ半時地震ゆり始まり、始ノ内ハ左程にも無之故、何レも世直しゝゝゝといふて、七人共座敷居候処、段々長ゆりニ応じ、厳敷相成、小家ハ家納屋ゆりつぶれ候ニ付、何レも勘定人ハ我家をあんじ走り行、庄屋と歩行熊之■(烝or丞)両人して座敷の諸帳面かわご又ハ上敷林ニ包ミ、両人して在蔵へ貮荷ツツ持運び、村方諸帳面并ニ書付不残助ケル、三荷目ノ荷ノ時、彦蔵殿坂登リ諸帳面仕舞候処、坂は一時ニ崩る候、扨々命冥加難有事と在居候、小川石■(槁?)壱丁半程上へ流レ行流レ、下拾ひ物等悉ク記シ不申、扨々恐敷事ニ候。
榎本持百五拾石積ノ船、水主四人乗、二ツ目の浪にて忠右衛(注:「衛」は崩し字)門殿屋敷迄流レ寄、又引浪にて流レ下候所、彦蔵殿表ノ畑ニ人数多居合せ、さひ綱を受取、陸へつなぎ、元船ハ小次郎殿屋敷にてつなぎ留る。扨又、庄屋、会所、寺の東、栄太郎殿所持田地へ木屋建、此所にて十一月十五日まで諸御用勤ル、其ノ下ノ田ヘ大がま貳ツ三ツすへ、地下蔵より残米を持、粥にたき窮民共へ■ル。十一月十五日より庄屋会所等、寺隠居所へ移ル、在蔵残米を願下ヶ流家ノ者共へ壱斗貳升ヅツかし遺ス。在中不残家を離レ、田畑へ木屋を掛ケ、三十日計も住居致ス、地震ハ毎日絶間なし、喰物は不持、扨もゝ■ヶ敷事限なし、嘉永七寅十一月四日大地震にて直に津浪在中へ入、流家八十四軒、溺死十三人、牛六疋死ス。山々より大石飛落ル、其恐敷事有増爰(ここ)ニ記ス。向後大地震津波ノ節は一刻も早く高き所へ逃去ル様、諸人可有覚寤事。
津浪滿上ル事凡三丈余、稲荷御社の境内へ壱尺程滿ル、坂甚右衛(崩し字)門殿門先ニ有レ■■壱ツ其侭にて同家ノ戸口迄流レ寄ル、古川筋滿止メ弥三兵衛(崩し字)殿水車ノ前ノ瀬迄滿行、扨又大川谷筋滿止メは庄司屋伝七田敷地、寺田より流レ落ル小谷ノ前ノ瀬迄滿行、此迄滿登り、鄕忠右衛(崩し字)門殿蔵屋敷へ壱尺程滿ル。巳上刻より午下刻迄ノ内、田畑ノ荒夥敷、大手猪廉垣不残崩る候、同五日申上刻より酉下刻まで又々大地震にて津浪来り、此時西ノ空ニ当リ、大石数多落下候様成ル音、終夜不止、誠に甚恐敷事夢の如し
昔宝永四年亥十月四日大地震にて在中へ津浪入、夫より今嘉永七寅年まで年数凡百四十九年ニ成、古人の申伝へには、浜の洲崎追々突出シ、必定津浪来ルと申残せし事、果して無相違の条今目前なり、自今此禁を不忘様急度相守可申事。


雪隠=便所
直様(直様)
頭立(カシラダチ)=重だった人
歩行(アルキ)=役場から通知する役
水主(カコ)=乗組員
会所(カイショ)=役場
地下(ジゲ)=村
有増(アラマシ)=概要
向後(コウゴ)=今後
覚寤(カクゴ)=覚悟
凡=およそ
急度=キツト




流家人別
一、十兵衛(崩し字) 一、柳兵衛(崩し字) 一、利平次 一、与八郎 一、利吉 一、常次郎 一、金兵衛(崩し字) 一、利八 一、長蔵 一、淸兵衛(崩し字) 一、鶴吉 一、しま 一、庄次郎 一、源四郎 一、三衛(崩し字)門 一、孫四郎 1、元助 一、三之助 一、六兵衛(崩し字) 一、和平 一、庄九朗 一、直吉 一、半衛(崩し字)門 一、金蔵 一、ふき 一、大成院 一、善八 一、武衛(崩し字)門 一、滝五郎 一、孫吉 一、政平 一、茂左衛(崩し字)門 一、弥助 一、岩吉 一、万作 一、幸次郎 一、とみ 一、浅八 一、とめ 一、勝三郎 一、兵次郎 一、伊平 一、幸兵衛(崩し字) 一、嘉吉 一、新吉 一、庄九郎 一、甚兵衛(崩し字) 一、専衛(崩し字)門 一、源三郎 一、次衛(崩し字)門 一、源蔵 一、浅吉 一、八兵衛(崩し字) 一、浅次郎 一、伊助 一、寅次郎 一、長九郎 一、定松 一、忠右衛(崩し字)門 一、忠兵衛(崩し字) 一、しを 一、五平 一、らく 一、茂右衛(崩し字)門 一、栄作 一、久八 一、利七 一、嘉平次 一、兵蔵 一、関蔵
 
外ニ隠居四軒
一、八兵衛(崩し字)持 一、庄次郎内 一、浅吉内 一、五平内
一、御仕入御役所勤人 坂七郎右衛(崩し字)門 垣内留之助 糸川沢助 
下役竹次郎
一、貳文■御■前所勤人 柏原儀右衛(崩し字)門 永廣儀衛(崩し字)門 田村伴次
下役亀蔵
一、非人番 儀助
〆八十軒余


流死人
一、庄兵衛(崩し字) 一、敬寿 一、常松 一、弥五郎 一、吉松 一、はま 一、さん 一、いゑ 一、てる 一、芳蔵 一、いし 一、とめ 此壱人山崩レにて死ス
〆十三人 外に怪我人多し
牛六疋流死
一、与八持 一、利平次持 一、次衛(崩し字)門持 一、弥助持 一、忠衛(崩し字)門 一、利七持  〆六疋
一、米十五俵
一、麦五俵
〆貳拾俵也 此升十石
右は榎本弥三平衛(崩し字)殿より流家の者へ見舞ニ付、壱人ニ付米三升四合、麦壹升壱号ヅツ軒別ニ割宛候、但し、頭立ハ除き。
一、籾九石壱斗貳升
右は大川忠衛(崩し字)門殿より流家の者へ見舞に付、前書の通割当ル。但し頭立ハ除き
御上より家木料頂戴
一、銀廿貳匁五分 重兵衛(崩し字) 一、右同断 柳兵衛(崩し字)
銭五百文
一、右同断 利平次  一、右同断 利吉
一、〃  利八  一、〃  常次郎
一、〃  金兵衛(崩し字)  一、〃  長蔵
一、〃  与八  一、〃  淸兵衛(崩し字)
一、〃  鶴吉  一、〃  庄次郎
一、〃  源四郎  一、〃  三衛(崩し字)門
一、〃  弦四郎  一、〃  元助
一、〃  六兵衛(崩し字)  一、〃  利平
一、〃  庄九郎  一、〃  直吉
一、〃  半衛(崩し字)門  一、〃  大成院
一、〃  善八  一、〃 武衛(崩し字)門
一、右同断  善三郎  一、右同断  孫吉
一、〃  藤作  一、〃  茂左衛(崩し字)門
一、〃  弥助  一、〃  岩吉
一、〃  万作  一、〃  幸次郎
一、〃  磯吉  一、〃  勝三郎
一、〃  長九郎  一、〃  伊平
一、〃  幸兵衛(崩し字)  一、〃  甚助
一、〃  兵九郎  一、〃  甚兵衛(崩し字)
一、〃  専衛(崩し字)門  一、〃  源蔵
一、〃  浅吉  一、〃  八兵衛(崩し字)
一、〃  伊助  一、〃  寅次郎
一、〃  平次郎  一、〃  忠衛(崩し字)門
一、〃  忠兵衛(崩し字)  一、〃  五平
一、〃  久八  一、〃  栄作
一、〃  関蔵  一、〃  利七
外二
一、銀拾貳匁五分 しま  一、右同断 三之助
銭五百文
一、右同断  金蔵  一、右同断  ゆき
一、〃  とみ  一、〃  嘉平次
一、〃  兵吉  一、〃  浅次郎
一、〃  定松  一、〃  兵蔵
一、〃  久兵衛(崩し字)  一、〃 瀧五郎



一、銀六匁 伊平内とめ  一、銀六匁 常松内しま
一、銀六匁 八兵衛(崩し字)内らく
一、銀三匁、銭五百文 福蔵  一、銀三匁銭五百文 友吉
一、銀廿匁 非人番へ  一、銀三匁 兵衛(崩し字)門へ



右は奥熊野木ノ本組賀田村津浪ニ付、流家ニ相成候者共へ御下ヶ被爲成下、難有頂戴仕候、以上。
安政貳夘五月 賀田村庄屋  伝七 印
木本組大庄屋
  玉置元右衛(崩し字)門 殿
御上より御救米頂戴
一、御米七斗 十兵衛(崩し字)  一、同五斗 柳兵衛(崩し字)  一、同五斗六升 利平次
一、同貳斗 利吉  一、同四斗 利八  一、同五斗 常次郎
一、同貳斗五升 金兵衛(崩し字)  一、同貳斗 長蔵  一、同六斗五升 与八郎
一、同六斗 淸兵衛(崩し字)  一、同六斗 鶴吉  一、同三斗 しま
一、同五斗五升 庄次郎  一、同四斗 元助  一、同三斗 三之助
一、同九斗五升 六兵衛(崩し字) 一、同三斗 利平  一、同貳斗 庄九郎
一、同弐斗 直吉  一、同四斗 半衛(崩し字)門  一、同三斗 金蔵
一、同一斗 ゆき  一、同四斗 大成院  一、同四斗五升 善八
一、同四斗 武衛(崩し字)門  一、同弐斗 瀧五郎  一、同三斗 孫吉
一、同三斗 岩吉  一、同六斗 万作  一、同三斗 幸次郎
一、同三斗 藤作  一、同六斗五升 茂右衛(崩し字)門  一、同三斗 弥助
一、同弐斗四升 とみ  一、同五斗 浅八  一、同弐斗 とめ
一、同三斗 勝三郎  一、同弐斗五升 兵次郎  一、同三斗五升 伊平
一、同七斗五升 幸兵衛(崩し字)  一、同五斗 嘉吉  一、同三斗五升 新吉
一、同四斗 兵九郎  一、同七斗五升 甚兵衛(崩し字)  一、同四斗 専衛(崩し字)門
一、同三斗 源三郎  一、同六斗 次衛(崩し字)門  一、同四斗 源蔵
一、同六斗 惣八  一、同六斗 八兵衛(崩し字)  一、同五斗五升 浅次郎
一、同四斗 伊助  一、同三斗 寅次郎  一、同三斗 長九郎
一、同弐斗 定松  一、同弐斗五升 忠衛(崩し字)門  一、同弐斗 しほ
一、同一斗 らく  一、同五斗 五平  一、同四斗 庄衛(崩し字)門
一、同弐斗五升 栄作  一、同一斗 久八  一、同八斗 利七
一、同弐斗 覚次郎  一、同弐斗 兵蔵  一、同四斗 関蔵
一、同四斗五升 善三郎  一、同五斗 久兵衛(崩し字)  一、同八斗 福蔵
一、同四斗 友吉  一、同三斗 伝七
頂戴米 合三拾石八斗五升
右の内へ矢三兵衛(崩し字)殿 忠衛(崩し字)門殿救米籠ル
流家惣人別 三百拾八人
但し八歳以上と八才と五才といろゝゝ数ニ応じ頂戴米高下有之候


右は去ル寅十一月四日大地震津浪にて流家ニ相成候窮民共へ御救米御下ヶノ儀奉願上候処、格別ノ御慈悲ヲ以、御米御下ヶ被爲成下、夫々ヘ難有頂戴致候、依て頂戴人別印形取御礼書奉差上候、以上。
賀田村庄屋 伝七 印


右は奥熊野木ノ本組賀田村本新田畑ノ内、去ル寅十一月大地震鄕浪にて砂入床堀レ等ニ相成、弱百姓共にて難及自力、御願奉申上候処、御見分ノ上、鍬先年賊御願被爲成下、難有仕合奉存候然ル上ハ年限中ニ精々地起爲仕、年賦明候節より御年貢取立上納可仕候、依て田人共印形取差上申候。以上。
安政二夘三月
賀田村肝■ 福蔵 印
同所 同断 栄三郎 印
同所 庄屋 伝七 印
右ノ通鍬先年限相極申候、以上。
瀧本半左衛門 判
薮田 次郎太夫 判