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第一章 諸説

港灣は其の地形、水深分布及び環境等に於て予差萬別あるを以て津浪罹災地の浪災豫防法を講ずるにも亦其の規を一にすること能はず、但し三陸太平洋沿岸に見るが如き港灣は其の大同小異に從ひて之を若干個に分類し得べし。本注意書に於ては其の各部類につき標式的のものを選擇し之に對する津浪の加害状況を考へ之に適すべき浪災豫防法を講究することとせり。
 惟ふに今囘の津浪に於ては罹災町村部藩二百を以て數ふべし、,其の地理的状況一々相異なるべきも小異を捨てて顧みざるに於ては何れの一を取るも其の前記標式的のものの何れかに近きを發見するに至るべく、從つて其の地に適すべき浪災豫防法も亦之を類推するに難からざるべし。末段數個の實例を擧ぐ、是れ其の類推を容易ならしめむが爲めなり。

第二章 海岸線の形状及び海底の深淺と津浪の加害状況

 津浪は平常の水準面上二三十米の高さに達することあるを以て次に記す港灣の地形は各々の場合に相當する高さを修正して考ふるを要す、例へば平常の水準にてはV字形ならざるものも、水準を若干高めるときは其の形式に近づくものあるが如し。三陸沿岸に普通見るが如き港灣に於て灣口の深さ甲乙類に於ては概して三四十米乃至七八十米なりとす。


 甲類 直接に外洋に向へる灣
 第一 灣形V字をなせる場合 津浪は灣奥に於て十米乃至三十米の高さに達し、汀線に於て一屠勢を增して浪を更に高處に打上ぐるを通常とす。
 綾里灣、吉濱灣、姉吉、集、十五濱村荒等此の部類に屬す。 
第二 灣形U字をなせる場合 津浪は前者に比較して稍々軽きも高さ十五米に達することあり。
 田老、久慈、小元、大谷等此の部類に屬す、綾里湊は其の變形と見るを得べし。
 第三 海岸線に凸凹少き場合 津浪は其の高さ前記第二に近くして稍々低く十二米に達することあり。
 吉濱村千歳、赤崎村長崎、十五濱村大須等此の部類に屬す。


 乙類 大灣の内に在る港灣
 第四 港灣V字形をなして大灣に開く場合 津浪は第一の形式を取るも、波高稍々低く十五米に達することあり。
 船越、山田の兩灣に連なれる船越、兩石灣に開ける兩石灣、濱村相川等此の部類に屬す。
 第五 港灣U字形をなして大灣に開く場合 津浪は第四に比較して一層低く波高七八米に達することあり。
 廣田灣に開ける泊、釜石灣に連なれる釜石港、大槌灣に連なれる大槌港、追波灣に開ける船越灣等此の部類に屬す。 
第六 海岸線凸凹少なき場合 津浪は第五に比較して一層低く四五米に達することあり、又破浪することなく単に水の增減を繰返すに過ぎざる場合多し。
 山田灣内に於ける山田港、大舟渡灣に於ける大舟渡港等此の部類に屬す。


 丙類 灣細長く且つ比較的に淺き場合 津浪井は概して低く波高漸く二三米に達す。
 氣仙沼灣此の部類に屬し、女川灣此に近し。


 丁類 九十九里濱型砂濱 海岸直線に近く海底の傾斜比較的緩にして津浪は其の高さ四五米に達することあり。
 青森縣東海岸宮城縣亘理郡沿岸等此の部類に屬す。
 港灣は其の形状深淺に從ひ以上の如く數種に分類し、各々の場合に相當する波高限度の概數を記載せるも、灣側及び灣底の凸凹屈曲等の津浪に與ふる影響も亦決して輕視すべきにあらず、屈曲凸凹甚だしきときは浪勢之に由つて減殺せらるるに至るべく、從つて同形に屬する港灣に於いても其の環境の如何によりて波高限度に多少の差違ありと知るべし。

第三章 浪災豫防法

高地への移転 浪災豫防法として最も推奬すべきは高地への移転なりとす、尤も漁業或は海運業の爲めに納屋事務所等を海濱より遠ざけ難き場合あらんも、然れども住宅、學校、役場等は必ず高地に設くべきものとす。三陸沿岸の町村部落は概して山岳丘陵を以て圍繞せらるるを以て多少の工事を施すに於いては適當なる住宅地を得るに甚だしき困難を感ぜず、但し漁業者にして往々高地住居の不便を唱ふるものあれども、業務上の施設を共同にし且つ適當なる道路を敷設するに於て其の不便を除くを得べし、實に船越村の内の如きは古來の方法を實行し千數百年來未だ會て津浪の害を被りたること之れなしと稱せり。
 第一の如き港灣に於ては固より、第二、第四の如き場合に於ても亦津浪を正面より防御禦するは實際上殆んど不可能に屬す。斯の如き場所に於ける浪災豫防は津浪進路の正面を避け、其の側面の高地に適當なる移転場所を求むると唯一の策とすべし。船越村山の内、吉濱村本郷等適例とすべし。後章、綾里村、兩石、田老、釜石等に關する案を掲ぐ。
 安全なる高地は鐡道、大道路の新設或は改修に當りても之を利用すべく特に鐡道驛に就いて然りとす。
 其の他浪災豫防法として推奬すべき諸方法を列擧すること次の如し。


 防波堤 防波堤とは津波除けの堤防の謂ひにして海に設くものと陸に設くものとの別があり、普通の防波堤は風波を凌ぐに足るも大津浪に對してはその效果を期し難し、之を津浪に對して有效ならしめんには其の高さに於ても將た其の幅に於ても更に幾倍の大さに增さざるべからず、費用莫大なる爲め實行困難ならん。後章、釜石、田老等に關する案を掲ぐ。


 防潮林 防潮林は津浪の勢力を減殺する效あり、海岸に廣濶なる平地あるときは海濱一帯に之を設くるを可とす、高田町沿岸に於ける松林の如きは此の好例たり。後章、田老、釜石等に關する案を掲ぐ。


 護岸 津浪の餘り高からざる場處に於ては津浪を阻止するに足るべき護岸を設くるに難からざる場合もあり、山田、長部等此の好例たり。後章、釜石、泊等に關する案を掲ぐ。


 防浪地區 繁華なる街區が海岸形式第四或は第五の如き津浪の餘り高からざる海濱にありて而も多少津浪の浸入を覺悟せざるべからざる場合に於ては防浪地區を設置し區内に耐浪建築を併立せしむるを可とす、基礎深く且つ堅牢なる鐡筋コンクリート造は最良の耐浪建築なるべく、之を第一線に配すべし、海岸に直角なる壁を多少強固に築造せば一層好果を収め得べし。又家屋が木造なる場合に於いても基礎を深く堅固に築き土臺を基礎に緊結せば相當の效果があり、防浪地區の背面に配列せしむるに足るべし(本會編纂「家屋新築及び修理に關する耐震構造上の注意所」参照)。後章、泊、釜石に關する案を掲ぐ。


 緩衝地區 津浪の親友を阻止せんとせば必然の結果として局部に於ける增水と隣接地區への反射或は氾濫を招來するにいたるべし、川の流路、渓谷或は其の他の低地を犧牲に供して之を緩衝地區となし以て津浪の自由浸入に放任するに於ては隣接地區の浪害を輕減するに足るべく、若し緩衝地區へ流入する津浪に委ねるに於ては其の被害を多少輕減し得べし。緩衝地區には住宅、學校、役場等を建設せざるものとす、鐡道、大道路も亦之に乗入れしめざるを可とす。後章、釜石、田老、兩石、綾里湊、雄勝等に關する案も掲ぐ。


 避難道路 安全なる高地への避難道路は何れの町村部落にも必要なるべし、釜石の如き都會地にありては此の種の道路をして奬來の住宅地たるべき高地へ通ずる自動車道路をも兼ねしむるを得策とすべし。


 津浪警戒 津浪豫知の困難なるは地震豫知の困難なるに等し、然れども津浪の波及は緩慢にして其の發生より海岸に到達するまでに三陸東沿岸に於ては通例少くとも二十分間の餘裕あるを以て、器械或は體驗によりて其の副現象を觀測し、之に依て津浪襲來の接近を察知し得べし。


 津波の副現象は左の如し。
(一)津波の原因たる海底變動によりて大規模の地震を伴ふ場合多し、地震動は之に緩急種々の區別あるも概して大きく搖れ且つ長く繼續す。
(二)地震と津浪とは同時に發生するものなれども傳播速度に差あり、其の發生より海岸に到達するまでに地震は三十秒程度を要するに過ぎざれども津浪は二十分乃至四十分を要すべし。
(三)遠雷或は大砲の如き音を一囘或は二囘聞くことあり、地震後五六分乃至十數分目に來るを通例とす。
(四)津浪は三陸沿岸に於いては引潮を以て始まるを通常とすれども然らざる場合あり、爾後海水は一進一退を繰返すこと多事なるべく、多くは第一波が最大なれども第二波或は第三波が最大なることもあり、潮の進退は其の速かなるときは毎秒十米に達することあり。
 津浪は概して以上の如き順序によりて起るを以て単に體驗のみに依りても警戒の手段あり。若し之に加ふるに地震計測、各部落を連ぬ電話網、團體組織等を以てせば一層有效なる警戒をなすを得べし。


 津浪避難 地震の性質其の他によりて津浪の虞之ありと認むるときは老幼虚弱のものは先づ安全なる高地に避難すべく、其處に一時間程の辛抱をなすを要す、また強者特に健脚のものは海面警戒の任に當るべく、津浪襲來の徴を認めた場合、警鐘電話等に依る警告を發するに遺憾なきを期すべし。
 避難の爲め家屋を退去するに當りては津浪到着までの餘裕を目算し、火の元用心、重要なる物品携帶機宜に適する處置をなすを可とす、雨戸を開放するは津浪破壊力の減殺に有効なることあり。
 船舶は若し岸を二三百米以上離れたる海上にあるときは更に沖へ出づること却て安全なり、若し然らざるときは固く之を繋留すべく、若し又緩衝地區へ流入の見込みあらば投錨のまゝ之を浪の進退に任せること避難上の一法たるべし。


記念事業 浪災豫防上の一大強敵は時の経過に伴ふ戒心の弛緩なりとす、明治二十九年大津浪の直後、安全なる髙處に移轉したる村落は其の數十指を屈するに及びしも時の輕過に伴ひ再び復舊して今囘の災厄を被むるに至り、唯僅に吉濱村本郷及び崎山村女遊戸(おなっぺ)の如き一二の部落のみ能く此の浪災豫防上の第一義を遵守せり、惟ふに今囘の災厄に對する記念事業多々あらん、就中浪災豫防に關する常識養成の如き之を罹災地の一般國民に課して極めて有意義なるものたるべく、特に之を災害記念日に施行するに於て印象最も深かるべし。
 記念碑を建設するも亦前記の趣旨に適するものたり、是れ不幸なる罹災者に對する供養塔たるのみならず、奬來の津浪に對し安全なる高地への案内者となり、兼ねて浪災豫防上の注意を喚起すべき資料ともなり得べきを以てなり。

第四章 浪災豫防法應用の例

(一)田老村(第一圖) 港灣は外洋に面してU字型をなし、津浪の高さ今囘は六米なりしも明治二十九年の場合に於ては十五米に及べり。
 浪災豫防法考案次の如し。
 住宅地を北方斜面十二米以上の高地に移す、此の爲めには多少の土工を要すべし、若し次に記すが如き防浪堤を築き且つ緩衝地區を接くるを得ば住宅地を多少(例へば十五米)低下せしむるも差支なからん。
 田老川及び其の北方を流るる小川の下流をして東方へ向ふ短路を取つて直ちに田老灣に注がしめ、別に防浪堤を圖の如く築き其の南方地區及び上記二川を以て緩衝地區とす。
 防浪堤を築き難き場合に於ては防潮林を設くべし、兩者を併用するを得ば更に可なり。


(二)兩石(第二圖) 兩石港はV字形をなして兩石灣に開けり、津波の高さは今囘は十一米なりしも明治二十九年の場合に於ては多少高かりき。
 浪災豫防法考案次の如し。
 住宅地を十二米以上の高地へ移轉せしむ、其の第一候補地を舊部落地の西南方高地とし、第二候補地を北方高地とす、兩者を併用するも可なり、共に多少の土工をなすを要す。
 舊部落及び水海川の兩渓谷をい緩衝地區とす。


(三)釜石(第三圖) 釜石港はU字形をなして釜石灣に開けり、津浪の高さ今囘は四米なりしが明治二十九年の場合に於ては八米に達せり。
 浪災予防法考案次の如し。
 北方山腹を開拓して住宅氏とし、自動車を通ずべき避難道路を設く。
 須賀の一地區は住宅の建設を止めて臨海の遊園地とし、兼ねて大渡川と共に緩衝地區たらしむ。
 鐡道線路を利用して陸上の防浪堤となし防潮林を設けて外廓たらしむ、又出来得べくんば会場にも防浪堤を設けて前者と共に略ぼ一直線にあらしめ其の北方に内港を抱かしむ。
 護岸を内港及び大渡川右岸松原等に設け内港護岸に接する一帶の街區を防浪堤地區とす。
 護岸の高さは五米程度とすべく、若し海陸に防浪堤を設くるを得ば北方の護岸は多少(例えば一米半)低下せしむるも可ならん。


(四)綾里湊(第四圖) 南方に開ける細長き港灣にして津浪の高さ今囘は八・五米なりしも明治二十九年の場合に於ては十一米に達せり。
 浪災豫防法考案次の如し。
 住宅地を西側十二米以上の高地に移すべく、此の爲に多少の土工を要す。
 港灣の延長部たる舊部落一帶の低地を以て緩衝地區とす。


(五)泊(第五圖) 泊港はU字形をなして廣田灣に莅めり、津波の高さ今囘は八・六米にして明治二十九年の場合は十米に達せり。
 浪災豫防法考案次の如し。
 泊は其の住宅地概して六米以上の高地にあるを以て、若し一歩後方の斜面に退却せば津浪の追及を免かるるに難からず、但し現在に於ける漁業組合事務所などの位置は大津浪の場合浸水を免れ難かるべく、此の一帶海面に向へる線を防浪地區として完全なる耐浪建築を竝立せしむるを要す。


(六)雄勝(第六圖) 雄勝灣は細長く且つ屈曲したる入海にして雄勝港は其の末端にあり、港に於ける浪の高さ明治二十九年の場合は三・四米なりしが今囘は稍々高く四・七米に達せり。
 労災豫防法考案次の如し。
 住宅地を北方の丘陵地へ移すを可とす、本所は工業地のことなれば漁業地に比較して移轉用意なるべし。
 護岸は現在二・七米の高さを有せり更に二米築き上ぐるを可とすべし。
 雄勝港の延長部たる川筋の低地を持って緩衝地區とす。

地図

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地図 第一圖
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地図 第二圖
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地図 第三圖
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地図 第四圖
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地図 第五圖
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地図 第六圖